キヤノンが開催したデザインオンラインセミナー「Meet-up Canon Design 2025」の中から、「検査の未来を描く『全身用マルチポジションCT』のデザイン」の講演内容を取り上げる。
キヤノンは2025年12月2日、デザインオンラインセミナー「Meet-up Canon Design 2025」を開催し、「2025年度グッドデザイン・ベスト100」および「JIDAデザインミュージアムセレクション Vol.27 ゴールド」を受賞した全身用マルチポジションCT「Aquilion Rise」を中心に、同社の最新デザイン事例を紹介した。
本稿では、「検査の未来を描く『全身用マルチポジションCT』のデザイン」で語られた講演内容を取り上げる。
キヤノングループは「患者と医療スタッフのために医療の進歩へ貢献する」という使命の下、医療現場の課題解決とユーザー体験の向上を両立する医療機器のデザインに取り組んでいる。
同講演の主題である、立位/座位/臥位(あおむけに寝た状態)の3姿勢に1台で対応する全身用マルチポジションCTのAquilion Riseも、そうした思想を具現化した製品の1つである。2025年4月から国内販売を開始し、デザイン面と技術面の革新性が高く評価され、前述のようなデザイン賞の受賞につながった。
この新たなCTを開発した背景として、世界的な高齢化の進行が挙げられる。日本では65歳以上の人口が約30%を占めており、欧州諸国でも高齢化が進む中、健康寿命の延伸は医療にとどまらず、社会全体の重要課題となっている。
がんなどの器質的疾患に加え、姿勢や荷重条件によって症状が現れる機能性疾患の診断精度の向上も求められている。しかし、従来の臥位CTでは症状の再現が難しく、異常が現れにくいケースもあった。背骨のずれによる神経圧迫や膀胱下垂など、日常姿勢で現れやすい異常を的確に捉えるためにも、立位や座位で撮影できる装置の必要性が高まっていた。
これらのニーズに応えるべく、同社は2014年に慶應義塾大学と立位/座位CTの共同研究を開始し、2017年からは慶應義塾大学病院で臨床的な有用性を検証してきた。立位/座位検査では、重力や荷重の影響が明確に現れ、従来の臥位検査では捉えづらかった異常の発見につながることが確認されたという。
そして、これらの共同研究で得られた知見を基に、立位/座位/臥位の3姿勢に1台で対応できる、マルチポジションでの検査が可能な「世界初」(同社)の全身用X線CT装置の開発へとつなげた。開発の狙いについて、同社は「症状に合わせた姿勢での検査により、疾患の早期発見や適切な診断に大きく貢献できる」と説明している。
デザイン面では、従来の立位CTで課題となっていた、2本の支柱による視界の遮りや作業空間の狭さ、患者の圧迫感といった点の改善が重視された。Aquilion Riseでは支柱を1本にまとめた「片持ちガントリー機構」を採用し、視界の抜けを大きく改善することで、患者に安心感を与えつつ、医療スタッフの作業性も確保した検査環境を実現している。
加えて、撮影時にはスキャナー部が頭上付近まで大きく持ち上がることがあるため、この動作が患者に不安を与えないよう配慮するとともに、装置周辺で作業する医療スタッフの作業効率にも考慮したデザインを採用しているという。
ドーナツ状のスキャナー部は、内部にX線管や検出器などを備え、乗用車ほどの重さ(約2トン)になるという。これを0.35秒で1回転させる高速回転(高速スキャン)を実現するとともに、高剛性かつ高精度な駆動機構が立位/座位での安定した撮影を可能にしている。「この特徴的な片持ちガントリー機構は、開発部門の大きな挑戦により実現した」(同社)。
800mmの広い開口部は、患者への圧迫感を軽減するとともに、明るいライティングによる演出が検査前の緊張を和らげる効果を果たしている。さらに、架台との接触を防止するためのセンサーや姿勢保持ポールなども備えており、安全面への配慮も図られている。
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