海上自衛隊の新型艦艇「哨戒艦」に見る省人化と“フナデジ化”イマドキのフナデジ!(9)(2/3 ページ)

» 2025年12月09日 08時00分 公開
[長浜和也MONOist]

省人化を支える自律運航技術――現代の船が直面する構造課題と技術基盤

 船の運航において最も重要な資源は「人=船乗り」である。しかし日本では、商船/海上自衛隊の区別なく“人が確保できない”という構造問題が続いている。若年層の減少や長期乗船勤務の敬遠、熟練者の退職加速などにより、従来の多人数ワッチ(航海当直)を前提とした体制を維持するのが難しくなっている。海自艦艇では高度化に伴う専門技能の負荷が増大し、老朽艦の延命と新鋭艦の就役が重なることで、必要人員はむしろ増える傾向にある。こうした状況では、乗員を増やすのではなく「必要人数そのものを減らす艦艇設計」が不可避となる。

 商船の世界ではこれにいち早く対応し、省人化技術が急速に広がった。統合ブリッジ、AI(人工知能)画像認識、状態監視、航行支援など“人の負荷を減らす技術”が定着しつつあり、「人材不足に技術で応える」という構図はもはや一般化している。

 この文脈で理解すべきなのが、自律運航技術の中核となる「認知」「判断」「操作」の3層モデルだろう。これは“完全無人化”ではなく、“人が価値を発揮する仕事に集中するための自動化”を段階的に進める考え方だ。

 ここでいう「認知」は、見張りと状況把握の自動化に相当する。安全運航の基盤となる周囲状況の把握は、従来は目視とレーダーを併用する複数名のワッチを前提としてきた。現在は、光学/赤外線カメラ、AI画像認識、レーダー、AIS(自動船舶識別システム)を統合し、船周囲の物標を自動認識して提示する技術が普及している。フェリーや大型客船で導入が進むIBS(統合ブリッジシステム)は、この“認知の機械化”によって少人数ワッチを可能にしている。

 同様に「判断」は航路選定とリスク評価の半自動化に相当する。航海士が担ってきた衝突リスク評価や航路選択は、気象海象と航路交通量、そして他船動静などを基に最適ルートを提案する航海支援システムの進化で大きく変わった。最終決定は人間が行うが、情報処理の大部分をシステムが担うことで、乗員の判断負荷を大幅に軽減する。“人間中心の自動化”という商船のトレンドは、複雑な海域での長時間監視任務と相性が良く、海自の哨戒艦にもそのまま生かせる思想といえる。

 そして「操作」は操船と機関運転の自動化に当たる。オートパイロットによる針路保持は古くからあるが、現在は旋回から減速、巡航、さらには離着岸支援まで含めた“操船作業全般の自動化”が進んでいる。機関部では状態監視(状態基準保全:CBM)が一般化し、常時巡回が必要だったワッチ体制を中央監視へ統合できるようになった。これにより、船内の当直人数を抜本的に減らすことができる。

 こうした“認知−判断−操作”の3層で連動して初めて、省人化された船の安全性は確保できる。海自の新型哨戒艦も、まさにこの技術体系を前提とした設計を導入しているといえるだろう。

海上自衛隊における自律運航と省人化技術の導入状況

 商船分野で普及が進む自律運航技術だが、海上自衛隊でもここ数年で省人化の流れが明確になっている。その象徴が、2022年に就役が始まった多機能護衛艦(FFM)と、今回進水した新型哨戒艦となる。いずれも乗員数の削減を前提とした艦種で、“従来の艦隊運用を維持するための技術的刷新”という位置付けにある。

 もがみ型FFMは、従来型護衛艦の乗員が170〜200人程度であったのに対し、約90人規模の乗員で運用できるように設計されている。これを可能にしている要素の一つが、艦内のセンサー情報や監視情報を一元管理し、操艦から戦闘、機関監視を少人数で行えるようにする統合運用の仕組みだ。詳細な仕様は公開されていないものの、ブリッジのワッチ人数削減や機関室の無人化運転に対応するための状態監視、異常検知の自動化など、商船分野で一般化しつつある省人技術と思想的には共通している。

護衛艦もがみ型の一番艦「もがみ」 護衛艦もがみ型の一番艦「もがみ」は満載排水量5500トン、全長133m、全幅16.3m。2022年4月に就役している。もがみ型としては2027年3月までに12隻を建造する予定[クリックで拡大] 出所:海上自衛隊

 また、近年の海自艦艇では、戦闘指揮システムだけでなく、航海支援や運航支援の領域でも自動化の比重が増している。航海計画の作成支援や衝突回避判断を補助する仕組みを導入しており、これも“判断支援の半自動化”を実現する基盤といえる。海象変化や複数センサーの統合処理を乗員が読み解くのではなく、システム側が整理した情報を基に操艦判断を行う流れは、商船のIBSと同様のアプローチだ。

 哨戒艦は、こうした省人化の流れをさらに推し進めた艦種として位置付けられる。乗員約30人という規模は、単に“人手を減らした”のではなく「任務プロファイルに合わせて人の手が必要な領域を徹底して見直した」結果といえる。哨戒艦が担うのは、平時における警戒監視任務、すなわち長時間の滞洋と定常的な監視作業で、従来最も人員負担が大きかった領域ゆえに自動化の恩恵を最も受けやすい。

 具体的には、航海中の監視負荷を減らすため、ブリッジワッチを縮小できるようセンサー統合や見張り支援が取り入れられているとみられる。また機関部では、FFMと同様に状態監視や自動ログ収集によって点検作業の一部が削減され、少人数当直を可能にする仕組みが整えられている。これらの技術は、防衛用途として仕様や冗長性が調整されているものの、基本思想は商船で普及する“認知、判断、操作”の自動化の延長線上にある。

 なお、軍艦独自の要件として、サイバーセキュリティ、通信制約、被害時のバックアップ系統といった設計が必要になる。自動化されたシステムが損傷や電磁環境の影響を受けた場合どのように安全性を確保するかは、商船とは異なる重要な論点だ。とはいえ、「平時の通常監視は自動化に委ね、人間は異常時や判断が必要な場面に集中する」という設計思想は軍民共通である。

 こうした取り組みは、単に乗員削減のためではなく、“限られた人員で艦隊全体の運用を維持する”ための組織的な対応と位置付けられる。海上の警戒監視需要は増加する一方、人的リソースは伸ばしにくい。だからこそ海自は、艦自体の設計段階から省人化を前提に組み込む方向へ舵を切っていると理解することが適切だろう。

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