激戦の中国スポーツシューズ市場を勝ち抜くAntaがDXで成し遂げたもの中国メーカーのデジタルプラットフォーム戦略(3)(4/5 ページ)

» 2025年09月11日 06時00分 公開

スマート生産設備がスマートファクトリー成功のカギ

 プラットフォーム層(PaaS)やデータ層(DaaS)だけではなく、スマート生産設備はAntaのスマートファクトリー構築の重要な成功要因の1つだ。ここでは、代表的なスマート生産設備を4つ紹介する。

インテリジェントハンギングシステム

 1つ目がインテリジェントハンギングシステムだ。インテリジェントハンギングシステムは、同安工場のアップグレードの中核となっていた。全ての自動化設備を接続し、インテリジェントなデータコントロールセンターと連携することで、裁断された各素材を適切な工程に正確にルーティングで搬送する。システムが、工程要件、設備技術、従業員の熟練度に基づいて、フローパスを自動的に調整する。さらに、各従業員、各衣服、各製品カテゴリーの生産状況を動的に監視し、目標生産量に合わせて作業スケジュールをリアルタイムに調整することで、生産ライン全体にわたるスムーズな生産の流れを確保している。

空気対流式インテリジェントダウン充填室

 2つ目が、空気対流式インテリジェントダウン充填(じゅうてん)室だ。空気対流式インテリジェントダウン充填室は、同安工場が独自に開発した特許取得製品で、工場全体を一つの機械のように扱う革新的なコンセプトを先駆的に採用している。天井と床に空気孔が配置され、空気循環の原理を利用して工場内のダウンをろ過する。これにより、ダウン内のほこり、臭気、細菌などの汚染を効果的に低減する。一方、空気中に浮遊するダウンのリサイクルにも役立つ。ホワイトグースダウンを例に挙げると、年間50%以上のロスを削減できているという。

トンネル型アイロン機

 3つ目が、トンネル型アイロン機だ。トンネル型アイロン機は、衣類の消毒、アイロンがけ、成形というアイロン工程全体を迅速かつ効率的に完了できる。このタイプの機器は業界では一般的だが、実際には、機械のレールに衣類を掛ける際に手作業が必要である。同安工場では、トンネル型アイロン機とインテリジェントハンギングシステムを組み合わせることで、アイロンの温度、冷却/乾燥時間などが、生地のバッチに基づいて自動的に設定され、真の無人運転を実現しているところが特徴となる。

自動折りたたみ機

 4つ目が自動折りたたみ機である。自動折りたたみ機も同安工場のために特別に設計された。衣類を粘着バッグに折りたたむ際に、片面テープからプラスチックフィルムを自動的に剥がすようにするために、試行錯誤と調整を重ね、最終的に99.9%の成功率で折りたためるようになったという。また、自動反転装置による検針に加え、越境物流システムの後処理コンベヤー、自動仕分けシステム、自動箱詰めシステムを活用して梱包を行い、全体のデータを直列に接続することで、後処理仕分け速度を60%以上向上させた。

Anta製造デジタルプラットフォームの成果

 Antaは、スマートファクトリーを構築後、多数のブランドの買収も含め、2024年の売上高が708.3億元(1.42兆円)で、2020〜2024年まで5年間の成長率は約2倍となった。粗利益率は2020年の55.0%から2025年の62.2%まで向上した。さらに、営業利益率は2020年の14.5%から2025年の24.0%まで伸長した。

 特に、Nikeやadidasに対し、DTC(Direct to Customer)分野で3倍のスピード優位性を確立することによって、李寧やNike(50%前後)などの他の大手メーカーに対し、粗利率で大きな差をつけることに成功した。これらの裏付けとなったAntaの製造デジタルプラットフォームは、「中国製造2025」のモデルケースとして中国工業情報化省(MIIT)の「スマート製造ベンチマーク工場」に選定されている。

 Anta製造デジタルプラットフォームにより実現した主な成果の1つが、スマートファクトリー化だ。福建省晋江のスマート工場では、レーザーカッティングやAI検品を導入し、人件費を50%削減、生産効率を40%向上した。また、デジタルツインによる設備最適化で、OEE(設備総合効率)を85%以上に維持(業界平均は70%前後)できるようになったという。さらに、注文から納品までの期間を60日から15日に短縮(2023年実績)した。

 サプライチェーン面でも大きな成果を生み出している。ブロックチェーンによる原材料のトレーサビリティーを導入し、ポリエステルや糸などの素材の調達ルートを完全追跡できるようにした。また、サプライヤー400社以上とのデータ連携により、調達リードタイムを20%短縮している。AI需要予測も導入し、天候やSNSトレンド、過去販売データを統合し、需要予測精度を85%に向上(従来比25%向上)している。

 カスタマイズ生産(C2M)も高度化を進めた。消費者がアプリでデザインしたシューズの生産に従来30日以上かかっていたが、7日以内を可能とした。また、2022年北京冬季オリンピックでは、3Dスキャン技術で選手の体形に合わせた競技服を迅速に提供できたという。SKU(Stock keeping Unit)の多様化にも貢献し、年間取り扱いSKU数が200%増加した。さらに、在庫回転率は年間6.8回を達成した(業界平均4.5回)。

 品質管理についても、AI検品の導入や予兆保全を取り入れ、効率化と高度化を実現している。コンピュータビジョンで縫製不良やソール気泡を検出できるようにし、検査精度99.5%を実現した。不良品率は、2%から0.3%に低減(2023年データ)した。さらに、設備の振動、温度データをAI分析し、故障を24時間前に予測することで停止時間を30%削減した。

 環境にも配慮する。2030年までに主要工場のカーボンニュートラル達成を宣言しているが、エネルギー管理システムを導入し、スマートメーターとAIで電力使用を最適化し、単位生産量あたりのCO2排出量を15%削減した。また、晋江工場では廃棄物の90%以上をリサイクルしている。

 これらを支えるパートナーエコシステムの構築も進めている。HUAWEI(5G通信)、シーメンス(MESシステム)、テンセント(消費者データ分析)などと連携し、業界初の「スポーツ用品産業プラットフォーム」を構築している。中小規模のパートナーに対しては、自社開発のデジタルプラットフォーム(AIIP)を開放しており、サプライヤー100社以上に生産管理ツールを提供している。

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