同社のオープンデジタルビジネスプラットフォーム「Xcelerator」を航空エンジンの設計/製造に活用しているRolls-Royce(ロールス・ロイス)では、50年以上前に構築されたレガシーシステムから脱却し、設計、シミュレーション、製造の各プロセスのデータを統合したデジタルスレッドを構築しているという。また、エンジン試験設備では、実測データを収集して、「設計時点」「シミュレーション時点」「製造完了時点」の各状態との比較も行っている。
さらに、産業用IoT(モノのインターネット)基盤「Insights Hub」をグローバルな機能的データストアとして活用し、Teamcenterやシステムシミュレーションツール「Simcenter」、ローコード開発ツール「Mendix」と連携させることで、継続的な改善を実現しているという。
また、統合されたデータを基にCopilotが機能し、PLCやセンサー、エッジデバイスからリアルタイムの情報を取得。例えば、作業者が“タービンブレードの生産状況”を問い合わせると、エラーの特定、保守履歴の提示、修復提案、関連マニュアルへのリンク提示、保守チケットの自動生成までを完全なトレーサビリティー付きで実行する。「これら全てが、RapidMinerとMendixのAIによって実現されている」とヘミルガン氏は述べる。
さらに、ロールス・ロイスでは、技術継承の課題に対応するため、各種加工に対応した「NX CAM」を活用してツールパスを生成。長年にわたり蓄積してきた加工ノウハウを収集し、若手エンジニアでも即座に活用できるベストプラクティスとして体系化している。例えば、部品の形状に基づき、「この加工にはこの標準手順が適している」「この機能形状にはこのツールオプションが有効だ」といった具体的な加工方法を、リアルタイムで提案できる仕組みを提供している。
続いて、CAEに関しては、Altairの構造解析ソフトウェア「SimSolid」により、CAEの実行に必要なジオメトリの準備やメッシング作業が、モデルのフィーチャーに基づいて完全に自動化できるようになり、これまで数日〜数週間かかっていた工程が、わずか数分で完了可能となった。また、AIの活用により、必要なセンサーの数を削減したり、システムの複雑性そのものを軽減したりと、エンジニアリングとデータサイエンスの橋渡しも実現しているという。
加えて、AIとクラウドコンピューティングの進化により成長が著しいデータセンター領域に対しても、同社は積極的に支援している。「われわれはこのアプローチを『Chip to Grid』と呼んでいるが、半導体チップから始まり、プリント基板、ラック、サーバ、部屋全体までを全てシミュレーションし、エネルギー効率の最適化を図ることを狙っている。データセンターは非常に多くの電力を消費する施設であり、その負荷をシミュレーション技術で可視化し、低減できるように支援している」とヘミルガン氏は説明した。
ヘミルガン氏は「ソフトウェアの重要性が高まる一方で、ハードウェアとソフトウェアでは開発スピードが異なり、両者の設計依存関係の管理が複雑化している」と指摘する。こうした課題に対し、シーメンスでは、設計初期の段階から両者を統合的に進める「Shift Left」アプローチの重要性を訴えている。
さらに、ヘミルガン氏は2019年以降、米国で自動車のリコール件数が急増している現状に触れ、「その多くはソフトウェアと車両の統合不備が原因である」と述べた上で、Xceleratorを活用することで、ソフトウェア、ワイヤハーネス、ICなど全ての構成要素を一括して検証できることを強調した。
加えて、IC設計/テスト支援ツール「Tessent」を活用することで、半導体の経年劣化をシミュレーションし、故障の兆候が現れた段階で電圧や周波数を制御しながら、安全な運転を継続可能とするアプローチについても説明。「製品全体の統合シミュレーションによって、障害の予測、予防、継続運用が実現可能となる」とヘミルガン氏は語る。
複雑化を招く要因として、「レガシーシステムの存在も無視できない」とヘミルガン氏は指摘する。多くの企業では、長年にわたり自社開発したアプリケーションを使い続けている。こうした企業に向けて、シーメンスはローコード開発プラットフォームのMendixを提供している。
MendixはAIと統合されており、ドラッグ&ドロップ操作により、AIコンポーネントを活用したアプリケーションを迅速に構築できる。ヘミルガン氏は、Mendixの導入によってレガシーシステムからの脱却と大幅なコスト削減を実現した企業の事例を紹介し、「今後もAWS(Amazon Web Services)などと連携しながら、AI統合型のMendixへの投資を継続していく」と強調した。
最後に、ヘミルガン氏はこれまでの取り組みを、種をまいても最初の数年間は地上に変化が見られないが、その後一気に伸びる“竹の成長”になぞらえ、「見えないところで根を張り続けてきた努力の積み重ねこそが、技術進化を支えている」と強調した。
シーメンスは、約10年にわたり包括的なデジタルツインの構築に継続的に取り組み、Teamcenterを中核とした堅牢なデータ基盤を提供してきた。AIの本格活用フェーズに突入しようとしている今、その成長は竹のごとく一気に加速しているという。
「われわれのデジタルツインの完全性は他に類を見ない。Teamcenterと製造データを活用することで、実際の工場を稼働させることが可能となり、全てのデータを統合して顧客に提供できる。このようなデータ活用によって、他社に先んじて複雑性を克服し、競争優位を確立することが可能だ」(ヘミルガン氏)
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