ポイントは酸素だった! 機能性酸化物で新概念発見、新原理の量子デバイスも期待研究開発の最前線(1/2 ページ)

NTT 物性科学基礎研究所は、放射光による光電子分光測定を用いてストロンチウムルテニウム酸化物「SrRuO3」の電子状態を調べ、酸素原子の電子軌道が強い電子相関により、陽イオンルテニウム(Ru)の電子軌道と異なった電子状態を持っていることを世界で初めて明らかにした。

» 2025年08月01日 07時00分 公開
[遠藤和宏MONOist]

 NTT 物性科学基礎研究所は2025年7月30日、オンラインで記者会見を開催し、放射光による光電子分光測定を用いてストロンチウムルテニウム酸化物「SrRuO3」の電子状態(部分状態密度)を調べ、酸素原子の電子軌道が強い電子相関(電子間の斥力相互作用)により、陽イオンルテニウム(Ru)の電子軌道と異なった電子状態を持っていることを世界で初めて明らかにしたと発表した。

大型放射光施設「SPring-8」を活用

 政府の調べによれば、生成AI(人工知能)やビッグデータ、スーパーコンピュータ、2030年代に導入される次世代の移動通信システム「ビヨンド5G」といったデジタル技術の影響により、国内におけるIT機器の消費電力量は2050年に2006年と比べて12倍になると想定されている。IT機器の省電力化に貢献する取り組みや材料などが注目されている。それらの1つがSrRuO3だ。

 ストロンチウム(Sr)、Ru、酸素(O)から成る化合物であるSrRuO3はペロブスカイト構造の化合物で、キュリー温度(TC〜160ケルビン)以下で強磁性金属となる。NTT 物性科学基礎研究所 主任研究員の小林正起氏は「SrRuO3はキュリー温度以下で磁性ワイル半金属状態となる。磁性を持つため、磁気メモリ材料として使える。磁性ワイル半金属状態で量子振動の発現も確認しており、量子デバイスの材料としての活用も期待できる」と語った。なお、小林氏は今回の研究開始時は東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授だった。

SrRuO<sub>3</sub>のイメージ SrRuO3のイメージ[クリックで拡大] 出所:NTT 物性科学基礎研究所

 同研究では、NTTが2019年に開発した独自のベイズ最適化(統計的機械学習手法の1つ)を用いた「酸化物分子線エピタキシー法(ML-MBE)」により、原子レベルでSr、Ru、酸素を規則的に配列したSrRuO3薄膜を作製した。

ML-MBEによりSrRuO<sub>3</sub>薄膜を作製 ML-MBEによりSrRuO3薄膜を作製[クリックで拡大] 出所:NTT 物性科学基礎研究所

 加えて、大型放射光施設「SPring-8」(兵庫県佐用町)の入射X線エネルギーを調整することで、各電子軌道の状態密度を実験的に観測することができる「共鳴光電子分光測定」を実現。これにより、SrRuO3におけるRu4d電子軌道とO2p電子軌道の吸収エネルギーに対応したX線を、SrRuO3薄膜に照射した。そして、フェルミエネルギーにおけるRu4d電子軌道とO2p電子軌道の電子状態を精密に調べた。

 小林氏は「フェルミエネルギーとは、物質を構成する元素(イオン)の中で電子が持つ最も高いエネルギーを指す。物質の特性はフェルミエネルギー近傍の電子状態によって決まる。金属ではフェルミエネルギー上に電子状態が存在し、絶縁体ではフェルミエネルギー上に電子状態は存在しない」と話す。

放射光を用いた光電子分光 放射光を用いた光電子分光[クリックで拡大] 出所:NTT 物性科学基礎研究所
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