MONOist JASPARが設立された約20年前は、自動車開発におけるソフトウェアへの注目度はあまり高くありませんでした。しかし現在は、SDVという言葉が出るなど自動車におけるソフトウェアの役割はかつてなく高まっています。このような状況下で、JASPARがどのような役割を果たすべきと考えていますか。
井野氏 JASPARはその名前の通り、自動車の電子アーキテクチャやソフトウェアプラットフォームという領域での技術的なリーダーシップを発揮していく存在であるという思いや情熱は、設立のときから変わっていないし、今後もそういう存在であり続けたいと思っている。
これが設立から変わっていないこととすれば、外部パートナーとの連携によって活動を広げられるような体制づくりという点では進化を続けてきた。例えば、車載セキュリティの場合、JAMA(日本自動車工業会)が施策を進める司令塔の役割を果たし、JSAE(自動車技術会)が規格づくりを行う一方で、JASPARは開発の現場で用いられる標準技術を定めるという役割分担を行って、自動車業界全体で取り組んでいく体制ができている。この体制では政府機関とも連携しているが、先述した機能安全の国家プロジェクトを皮切りに出来上がったものだ。
そして、これから変えていかなければならないこともあると考えている。JASPARの参加社数は、当初100社に満たなかったが、現在は正会員と準会員の合計で200社以上、さらにグループ企業が40社以上参加しており、総計240社以上になっている。そして、参加社数が増える中で、JASPARにおける活動の成果物をよりスピーディーに、よりリアルで実用性高いものをという要求が強くなっている。当初のJASPARの活動では、まずは各社が抱えている悩みを同じ土俵に出してから、それにどう取り組むかを検討するという流れがあり、足並みをそろえて慎重に進めるという傾向があったことは否めない。現在の参加社からは、スピードやリアリティー、実用性という言葉が出てくるので、時代が変わったことを感じる。
MONOist 先ほど名前が出たAPI技術WGの立ち上げをはじめSDVにどのように取り組んでいきますか。
井野氏 JASPARとしてSDVにどう取り組むのか悩んでいたが、その結果として出てきたのが2025年2月に立ち上げたAPI技術のWGだ。
まず2024年4月に幹事企業が中心になってAPI技術に関するWGの検討を開始した。この検討作業では、幹事企業が中心になって標準化APIのPoC(概念実証)を作製し、実際に実装することで有効性を確認することになった。
このPoCでは、エアコンのアプリケーションがテーマになった。デモ用のエアコンアプリとJASPARの標準化APIを仮設計した上で、異なる自動車メーカーのエアコンに実装し、エアコンアプリの振る舞いを評価した。各幹事企業が有する資産を活用することで、2〜3カ月という短期間で動作確認を完了できたことは、スピーディーさという観点でも良好な成果だったと感じている。
そして、2024年9月のJASPAR設立20周年記念イベントでこのPoCの成果を発表し、API技術WGで標準化していくことを決定した。2025年1月からメンバー企業をJASPAR内で公開募集し、2025年2月にWGの活動を開始した。
MONOist 車載APIを標準化することにはどのようなうれしさがあるのでしょうか。
井野氏 PoCのエアコンアプリを例にとってみよう。エアコンは操作方法からしても、パネル状のスイッチを押したり、ボイスコマンドで動かしたりなど、各自動車メーカーでさまざまな違いがある。その一方で、空調による温度や風力の変更といったエアコンとして制御する本来機能は共通している。
しかし、これまでティア1サプライヤーのアプリ開発者は、各自動車メーカーの仕様に合わせてAPIに当たる部分からフルスタックで開発するのが一般的だった。この場合、アプリ開発だけでなくテストも個別に行わなければならない。そこで、もし標準化APIがあれば、より容易にエアコンのアプリを開発できるようになる上に、テストのオーバーヘッドなども削減できるようになる。トヨタ、日産、ホンダの三社三様だったのが一つにまとまって今までの無駄が効率化できるとすれば、自動車メーカーにとってもティア1サプライヤーにとってもうれしいことだ。また、標準APIがあることで、スマートフォンのようにより多くのサードパーティーがソフトウェア開発に参加しやすくなるというメリットもある。
JASPARの目線では、SDVはソフトウェアやアーキテクチャによって顧客価値を実現できるプラットフォームであり、そのプラットフォームによってさまざまなことが早く、安く、うまくできることには重要な意味がある。もちろんそのプラットフォームは、一つのクルマやシステムにしか使わないということはなく横展開もしやすい。今回のエアコンアプリによるPoCは、こういったさまざまなメリットを確認する機会となり、API技術をWGで標準化しようというモチベーションになった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.