さんふらわあ かむいに採用されたISHIN船型は、風力利活用を取り入れた省エネルギー船型で、高速航行時に大きな影響を与える空気抵抗の低減と、船体にかかる風の力から揚力を得て推進力に変換するための船体外形の空力最適化が施されている。そのために、上部構造(ブリッジやファンネル周辺)は滑らかな曲面形状とされ、風の剥離や乱流を抑えることで抗力を軽減するとともに、船首部を流線型として、斜め前方からの風を受け流すだけでなく、揚力として推進補助力に転換できるようにしている。
この設計は商船三井が展開する「ウイングアシスト船型」研究がベースで、風の力を積極的に利用するゼロエミッション船型の実現に向けた取り組みの一環だ。船体設計はCFD(数値流体力学)解析を活用して最適化され、船体表面に沿った風流線や圧力分布を精密に評価したことで、従来型フェリーと比べて最大3%程度の燃費改善効果が得られたとされる。
なお、空気力学的な推進補助効果の採用例としては自動車運搬船「COURAGEOUS ACE」がある。船首端部を斜めにカットアップし整流によって風圧抵抗を低減する手法の開発により「Ship of the Year 2003」を受賞したことで、それ以降の自動車運搬船におけるデファクトスタンダードとなった。
ISHIN船型では、従来分離していた船橋部分と船体構造を一体化することで、正面風圧力のさらなる低減を図るとともに、前進方向への推力獲得にも成功している。最大推力は60度の斜め向かい風の条件下で発生し、その推力は正面風時の空気抵抗の約2倍に達する。また、この推力は前方40度の斜め風から真後ろにかけた広い風向範囲で有効に発生し、実用航行時のさまざまな風況において推進補助となるという。
加えて、上甲板船側部に全長にわたって段差と隅切りを設けることで、コーナー部分での風剥離が抑制され、斜め風や横風による外力の影響が緩和される。この設計により、巨大な上部構造を有する船型(特に自動車運搬船や大型客船、フェリーなど)で顕著な「斜航」(横風で船体が斜めに流れる現象)を抑制し、その結果として速度を抑制してしまう水中抵抗の増加を回避して、その結果燃費が向上する。
なお、空気抵抗削減と風力利用に向けた新たな取り組みとして、商船三井テクノトレードと東海大学らによる共同研究が2024年12月から始まっている。航空宇宙工学の知見を応用した「風力推進船」に関するこの研究では、揚力と共に小型帆の搭載も視野に入れ、船体設計や風洞実験を実施しており、帆の補助推進力を最大限に活用するための空力整形や船体配置を検討して次世代商用フェリーへの応用を目指している。
なお、1970年に就航した「すずらん丸」の船首にもISHIN船型とよく似たドーム状のフードを設けた形状を採用していた。これは、錨甲板に備えた艤装を波から守る「遮浪ドーム」として設けられたもので、風力の推進補助効果を目的とはしていなかった。
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