中堅製造業のERP導入で学ぶ DXを妨げるブラックボックス化を解消するアプローチ製造業ERP導入の道しるべ(3)(1/2 ページ)

SAPのERPを例に、ERPの導入効果や業務効率化のアプローチなどを紹介する連載「製造業ERP導入の道しるべ」。第3回は、10年以上前に導入した基幹システムから「SAP S/4HANA」へ移行した中堅製造業の事例を紹介する。どのようにしてブラックボックス状態を解消し、本番運用につなげていったのか――。

» 2025年04月22日 11時00分 公開

本連載の狙い:

日本の製造業の多くが、情報の見える化、IT人材の不足、システム維持コストの高止まりなど、さまざまな課題を抱えている。そうした課題を解決するためにERPの導入を検討している企業も多いが、実際に製造業がERPを導入することで、どのような効果が得られるのかが分からないままでは話が進まない。

本連載では、日本で既に多くの企業で導入されているSAPのERPを例にとって、クラウドにも対応している「SAP S/4HANA」の導入を支援してきたわれわれの経験を基に、ERPの導入効果や業務効率化のアプローチなどについて紹介する。


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10年前に導入した基幹システムがDX対応のボトルネックに

 今回の事例で紹介する企業も、グローバルに展開する売上高約1000億円の中堅製造業だ。主に、北米や欧州を中心に事業を展開し、海外売上高の比率は約90%を占める。10年以上前に、「SAP ECC6.0(SAP ERP Central Component)」と呼ばれるSAPのERP(Enterprise Resource Planning/企業資源計画)を本社および海外関係会社に導入し、基幹システムとして運用していた。

 SAP ECC6.0導入後、経営不振に陥ったり、MBO(Management Buyout)を行ったりなど、内部環境や外部のビジネス環境にも大きな変化があったものの、構造改革を着実に進め、既存ビジネスの売上も倍増し、企業規模が拡大した。こうした成長過程の中でも、これまで通りの業務プロセスを運用する上ではSAP ECC6.0の機能は有効で、基幹システムとして十分対応できていた。そのような期間がしばらく続き、基幹システムは導入当時の機能を維持するだけになってしまった。

 一方でSAPはSAP ECC6.0について、2025年に保守サポート契約を終了すると発表している。これは、基幹システムにおける「2025年の崖」とも呼ばれているが、ついにその2025年を迎えてしまった。ただし、あくまでも保守サポートが終了するという意味であり、2025年以降、新機能の追加やデザインの更新、品質改善は行われなくなるが、セキュリティプログラムは継続して更新される。さらに、保守サポート期限を2027年まで延長することも可能になったため、2025年以降も一定期間はSAP ECC6.0を継続利用できる。

 とはいえ、同社も企業規模拡大と外部環境の変化に合わせ、ビジネスモデルの変革やIoT(モノのインターネット)など周辺システムとの連携を図るためのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し始めていた。そこでボトルネックになってきたのが、DXのような最新ソリューションとの連携が難しい、レガシーアーキテクチャによる基幹システムの存在だ。

 加えて、10年以上問題なく稼働していたことから、経営側としても、追加投資のタイミングを認識できておらず、システム導入に関わった当時のIT人材も徐々に退職してしまい、基幹システムがブラックボックス化していたことも、全社でのDX対応を困難にしていた。

 こうした背景から、同社のシステム部門は基幹システムを最新の「SAP S/4HANA」へ移行するためのプロジェクトの立ち上げを急いだ。

システム部門と経営層で異なる危機感が課題に

 システム部門が感じている危機意識とは裏腹に、経営層にはその課題に対する意識が薄かった。なぜなら、現状のシステムはそのまま使うだけでも十分にビジネスに対応できるため、経営層から見ると「最新化」というキーワードだけが目立ち、投資に対するリターンが示しにくい。システム投資をコストとしか捉えていない日本においては、このようにSAP S/4HANAへの移行に関わる目的やゴール設定に苦労している企業も多いだろう。

 そこで、同社では今回のプロジェクトを立ち上げるに当たり、今後の成長に対応できるシステムプラットフォームの構築以外にも、グローバルで使用しているシステムを密連携させてコミュニケーションを向上させることも目的として挙げた。

 また、基幹システムの刷新後は継続的にAI(人工知能)やIoTなど分析系の機能を付加し、工場との連携やユーザーのモバイル端末の活用などによる最新のDXソリューションが展開できるプラットフォームを構築することも加えた。

 SAP ECC6.0からSAP S/4HANAに移行させる方法は複数あるが、今回は移行の対象を現行の業務プロセスをカバーしている既存機能に絞った「ストレートコンバージョン」というやり方を採用することにした。また、通常業務に関わるユーザーに、できるだけ負荷をかけずに進める施策を提唱している。

 さらに刷新後のシステムが、以前のようにブラックボックス化、属人化してしまうことは避けたい。そのため、システム部門としても今回のプロジェクトを通じてSAP S/4HANAや自社システムに関する知見を習得し、業務側とのコミュニケーションも密に行うこととした。システム移行後も機能拡張や改善がスムーズに行えるプラットフォームとすることを念頭に置き、プロジェクトを立ち上げた。

ブラックボックス状態で必要な機能を精査

 今回のプロジェクトで特に苦労したのが、現行の業務プロセスの把握だ。ブラックボックス化によって、導入当時に作成したドキュメントも一部しか残っておらず、最低限必要な業務シナリオや機能をどのように特定していくのかがポイントになった。ここではSAP ECC6.0が残しているトランザクションや機能の実行履歴を基に、過去1年以上使われていないものは通常業務では使わないと判断しながら機能を精査していった。

 一方、実際には機能を立ち上げただけでも、実行履歴が残ってしまうこともある。従って、履歴に残っている機能が、本当に使われているかどうかを正確に判別することは容易ではない。そこで、その機能を使っていれば必ず登録されるはずのデータが、実際に存在するか否かをチェックしながら確認を進めた。

 逆に、実行履歴は残っていないが、データが存在しており使われた形跡のある機能もある。それに関しても、SAPソリューションの知見者が逆引きで特定するなど、通常のプロジェクトではなかなか採用されない地道な作業に時間をかけて対応した。

 さらに、残すべき機能の要否について、業務に関わっているユーザーに確認したが、最終的に各現場でどこまで機能を減らしていいのか、どこまで担保すべきかの境界線の設定が困難であった。

 今回の事例では、その境界線を現場のユーザーと共有したが、場合によっては本稼働後に問題が発生する可能性もある。そのリスクへの備えも大きなポイントになるため、「本稼働前に全ての機能を100%網羅して担保するのは難しく、本稼働後に新たな障害が発覚するリスクはある」ということを認識してもらった上で、

  • ベストエフォートで対応していく
  • 本番稼働後の初期稼働フェーズもブラックボックスの解消期間とする

という方針で合意形成を図った。

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