東工大「TSUBAME 4.0」は“みんなのスパコン”としてどのような進化を遂げたのかAIとの融合で進化するスパコンの現在地(1)(3/3 ページ)

» 2024年08月19日 08時00分 公開
[関行宏MONOist]
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企業による産業利用が広がるTSUBAME

 東工大のTSUBAMEは“みんなのスパコン”をコンセプトに2006年4月に初代の「TSUBAME 1.0」が開発された。当初は学内の研究室を対象にした「みんな」だったが、2007年に学外利用がスタート。2009年から共同利用が本格化し、「みんな」は民間企業を含めた学外へと広がった(図9)。

図9 図9 TSUBAMEの学外利用の歴史と、各年度の利用件数[クリックで拡大] 出所:東工大 学術国際情報センター「令和6年度 TSUBAME共同利用公募 説明会」資料

 TSUBAME 1.0からTSUBAME 3.0の全ての世代を合計した産業利用件数は、2023年度までで、文科省 先端研究施設共用イノベーション創出事業とその後継事業での122件(〜2015年度)、HPCI(革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)※2)における産業課題利用が32件(2016年度〜)、成果を公開する産業利用が82件、成果を非公開とする産業利用が174件となっていて、延べ410件に達している。

※2)HPCI:文科省のWebサイト「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)について」、HPCIのWebサイトを参照

 民間企業の利用形態で最も一般的なのが「成果非公開」の産業利用である。成果を公開しなければならない利用に比べて利用単価は2〜4倍(現在は4倍)と高いが、取り組んだテーマやTSUBAMEによって得られた知見を公表する義務が課せられないため、企業の研究開発には最適といえる(図10)。ただし企業名だけは学術国際情報センターのサイトで公開される。

【訂正】当初『一方の「成果公開」は、東工大との共同研究の一環で利用されることが多い。』という表記がありましたが、『東工大との共同研究は「共同研究契約」を結んで共同利用とは別枠で利用しているため「成果公開」が東工大との共同研究の一環で使われることはほとんどない』との指摘がありました。この指摘に併せて、当初表記の文章を削除する修正を行いました。

図10 図10 外部の民間企業に提供される計算資源や料金の概要[クリックで拡大] 出所:東工大 学術国際情報センター「令和6年度 TSUBAME共同利用公募 説明会」資料

 では、具体的にどのような企業がTSUBAMEを利用してきたのだろうか。東工大 学術国際情報センターの「TSUBAME共同利用」ページから、直近3年ほど(2021年4月〜2024年7月)の企業名をピックアップしてみよう。

TSUBAME利用企業(2021年4月〜2024年7月)

マツダ[+]、アグロデザイン・スタジオ[+]、豊田自動織機、MOLFEX、モジュラス、日本ガイシ、リコー、本州化学工業、中外製薬、東洋合成工業、JFEスチール、協和キリン、太陽ファインケミカル、エーザイ、旭化成、Lily MedTech[+]、クレハ、住鉱資源開発、大鵬薬品工業、日東電工、Sakana AI [+]、アルテアエンジニアリング[+]、JT生命誌研究館[+]、アリヴェクシス、東洋紡、MQue、アラヤ、パナソニックオペレーショナルエクセレンス、東芝デジタルソリューションズ、JSR、CoeFont

[+]成果公開での利用

 企業名から、自動車関連企業、製薬/バイオ関連企業、化学/石油関連企業などが主なユーザーであることが分かる。また、AI関連企業(スタートアップ)も幾つか見られる。

 TSUBAMEを利用するには、東工大の学術情報センターに利用希望資源量とともに申請をして承認(採択)を受ける必要がある(2口以下の小口利用は審査を免除)。利用希望資源量の最小単位「1口」は400TSUBAMEポイントであり、利用するリソースの種類、投入するジョブの実行時間予測精度、投入するジョブのキューの種類など、さまざまな条件があるため正確ではないが、およそ1ポイントで、192CPUコア、4GPU(NVIDIA H100)、768GBメモリ、1.92TB SSDで構成されるTSUBAME 4.0のノードを1時間利用できる。そのため、1口でおよそ400ノード・時だけ使えることになる(追加ストレージの利用料金は別途)。

 料金は、「成果公開」の場合で税込み1口11万円(1ポイント275円)、「成果非公開」の場合で同1口44万円(1ポイント1100円)である。GPUが利用できる商用のクラウドサービスの料金と比較すると、かなり割安といえる。

 TSUBAME 4.0では各種コンパイラやフレームワークを含めてさまざまなソフトウェアやツールが用意されている(図11)。ディープラーニングや生成AI関連では、PyTorch、TensorFlow、AlphaFoldなどがその一例だ。東工大の学内ユーザー向けにはANSYS、ABAQUS、Mathmatica、MATLABなどの主要な商用アプリケーションも用意されているが、産業利用の場合は利用者がライセンス(またはライセンスサーバ)を用意する必要がある。(Gaussianなど一部の商用アプリを除く)

図11 図11 TSUBAME 4.0で利用可能なアプリケーションの例[クリックで拡大] 出所:東工大 学術国際情報センター「令和6年度 TSUBAME共同利用公募 説明会」資料

 昨今の生成AIブームもあいまってNVIDIA GPUの供給が逼迫(ひっぱく)しており、GPUサーバの納期も長期化している。同様のことはGPUのクラウドサービスにも言えて、新規契約を抑制している事業者もいる。TSUBAME 4.0には、2006年の初代TSUBAME 1.0以来培ってきた並列コンピューティングの運用ノウハウが反映されていることや、多くの企業に利用されてきた実績を踏まえると、積極的に活用するのも一案であろう。

 ただし、TSUBAME 4.0は人気が高く、既に利用率が90%前後で貼り付いているため、ジョブを投入してから実行されるまでに相応の待ちを要する場合があることは承知しておきたい。



 次回は、TSUBAME 4.0の後編として、TSUBAME 4.0の構築と運用に関わってきた、東工大 学術国際情報センター 教授の遠藤敏夫氏と准教授 野村哲弘氏のインタビューをお届けする。

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