トポロジカル超音波回路のベースになるのは、中央の円形の3方に小さな円形が付いた単位構造である。この単位構造は、中央の円形を中心として120度ずつ回転させた場合に同じ形状になる3回回転対称性を有している。
この単位構造について、中央の円形を中心に±5度回転した状態にしてから超音波を加えると「バレー擬スピン」と呼ばれる超音波の渦が発生する。このとき、−5度と+5度それぞれで発生する超音波の渦の回転方向は反対になるという特性がある。この現象を利用することで、単位構造を−5度に回転したAドメインと+5度に回転したBドメインという2種類のトポロジカル構造のエッジ(接合面)に超音波を加えると、エッジに沿って一方向に進む超音波伝搬が生じる。
この現象は「バレー擬スピン依存伝導」と呼ばれ、トポロジカル秩序によって保護された頑強で安定した進行波となる。そのため、急な曲がり角があっても、通常の超音波のような後方への反射は起こらずエッジの形状に沿って滑らかに伝えられる。
この特性を活用することで実現可能になったのがトポロジカル超音波回路である。従来技術では難しかった折れ曲がった小型導波路構造における反射の問題を解消するとともに、超音波デバイスの小型化や複合化を実現できる。今回の発表では技術検証のために、バンドストップフィルターとなるリング/導波路結合構造を作成した。従来技術では、超音波の反射の影響を避けるため、リング形状の半径を超音波の波長の100倍以上にする必要があった。しかし、トポロジカル超音波回路を用いたリング/導波路結合構造では、リングの半径は超音波波長の2.5倍でも問題なく動作した。
なお、今回の技術検証では、化合物半導体などに用いられているガリウムヒ素(GaAs)を基板材料として用いているが、これはNTTがその材料特性などを熟知していることから選定された。トポロジカル超音波回路を実現する上で重要なのは、トポロジカル秩序を基板上に作り込むことであり、現行のSAWフィルターなどに用いられているチタン酸バリウム(TiBaO3)に適用できる可能性もある。ただし、高い結晶異方性などトポロジカル秩序に影響を及ぼす材料は適さないこともあり得る。
単位構造の形状は、原理的には3回回転対称性があればよいので三角形でも構わないが、実際に基板上に作り込む際には縁が円形になることから鋭角を持つ三角形は適していない。そこで、中央の円形の3方に小さな円形が付いた形状を選定した。また、トポロジカル秩序と導波路の形成が両立する最適な回転角度である±5度という値は、有限要素法とさまざまな回転角度に対する超音波の分散関係に基づき算出したという。
今後は、トポロジカル超音波回路を用いたリング/導波路結合構造によるバンドパスフィルターの動作確認を経て、複数のフィルターを集積した際の複合動作の実証も行う。
さらに、磁性体の導入によって外部磁場で超音波を動的に制御する技術の開発も検討しており、フィルターだけでなく、周波数変換器や増幅器などの無線通信端末に必要な高周波アナログ演算処理を超音波を用いて同一チップ上で処理することも目指す。これにより、既存システムであった超音波フィルターと電子部品間の圧電変換や基板接続が不要になり、アンテナ部のさらなる小型化や省エネルギー化につながることが期待されるとしている。
なお、今回の研究成果は、2024年7月16〜19日に富山県富山市で開催される国際会議「14th International Conference of Metamaterials, Photonic Crystals and Plasmonics(META2024)」の招待講演(7月17日17時から)で発表される予定だ。また、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)の「極超音波トポロジカルフォノニクスの開拓と多機能弾性デバイスの開発」と「超高速マグノフォノニック共振器デバイス」による支援を受けている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.