世界初で世界最小の超音波フィルターを開発、トポロジーの原理で限界を打破組み込み開発ニュース(2/2 ページ)

» 2024年07月17日 07時00分 公開
[朴尚洙MONOist]
前のページへ 1|2       

SAWフィルターに用いられているチタン酸バリウムに適用できる可能性も

 トポロジカル超音波回路のベースになるのは、中央の円形の3方に小さな円形が付いた単位構造である。この単位構造は、中央の円形を中心として120度ずつ回転させた場合に同じ形状になる3回回転対称性を有している。

トポロジカル超音波回路の技術のポイント トポロジカル超音波回路の技術のポイント。中央の円形の3方に小さな円形が付いた単位構造から成る。中央の円形を中心に±5度回転した状態にしてから超音波を加えると「バレー擬スピン」と呼ばれる超音波の渦が発生する[クリックで拡大] 出所:NTT、岡山大学

 この単位構造について、中央の円形を中心に±5度回転した状態にしてから超音波を加えると「バレー擬スピン」と呼ばれる超音波の渦が発生する。このとき、−5度と+5度それぞれで発生する超音波の渦の回転方向は反対になるという特性がある。この現象を利用することで、単位構造を−5度に回転したAドメインと+5度に回転したBドメインという2種類のトポロジカル構造のエッジ(接合面)に超音波を加えると、エッジに沿って一方向に進む超音波伝搬が生じる。

AドメインとBドメインのエッジに超音波を加えると、エッジに沿って一方向に進む超音波伝搬が生じる AドメインとBドメインのエッジに超音波を加えると、エッジに沿って一方向に進む超音波伝搬が生じる[クリックで拡大] 出所:NTT、岡山大学

 この現象は「バレー擬スピン依存伝導」と呼ばれ、トポロジカル秩序によって保護された頑強で安定した進行波となる。そのため、急な曲がり角があっても、通常の超音波のような後方への反射は起こらずエッジの形状に沿って滑らかに伝えられる。

バレー擬スピン依存伝導がある系では、超音波の後方散乱が抑制される バレー擬スピン依存伝導がある系では、超音波の後方散乱が抑制される[クリックで拡大] 出所:NTT、岡山大学

 この特性を活用することで実現可能になったのがトポロジカル超音波回路である。従来技術では難しかった折れ曲がった小型導波路構造における反射の問題を解消するとともに、超音波デバイスの小型化や複合化を実現できる。今回の発表では技術検証のために、バンドストップフィルターとなるリング/導波路結合構造を作成した。従来技術では、超音波の反射の影響を避けるため、リング形状の半径を超音波の波長の100倍以上にする必要があった。しかし、トポロジカル超音波回路を用いたリング/導波路結合構造では、リングの半径は超音波波長の2.5倍でも問題なく動作した。

リング/導波路結合構造によるバンドストップフィルター リング/導波路結合構造によるバンドストップフィルター。既存技術ではリングのサイズが極めて大きくなる[クリックで拡大] 出所:NTT、岡山大学
トポロジカル超音波回路を用いたリング/導波路結合構造 トポロジカル超音波回路を用いたリング/導波路結合構造。リングのサイズが従来技術比で100分の1以下(2桁以上の省スペース化)になる[クリックで拡大] 出所:NTT、岡山大学

 なお、今回の技術検証では、化合物半導体などに用いられているガリウムヒ素(GaAs)を基板材料として用いているが、これはNTTがその材料特性などを熟知していることから選定された。トポロジカル超音波回路を実現する上で重要なのは、トポロジカル秩序を基板上に作り込むことであり、現行のSAWフィルターなどに用いられているチタン酸バリウム(TiBaO3)に適用できる可能性もある。ただし、高い結晶異方性などトポロジカル秩序に影響を及ぼす材料は適さないこともあり得る。

 単位構造の形状は、原理的には3回回転対称性があればよいので三角形でも構わないが、実際に基板上に作り込む際には縁が円形になることから鋭角を持つ三角形は適していない。そこで、中央の円形の3方に小さな円形が付いた形状を選定した。また、トポロジカル秩序と導波路の形成が両立する最適な回転角度である±5度という値は、有限要素法とさまざまな回転角度に対する超音波の分散関係に基づき算出したという。

 今後は、トポロジカル超音波回路を用いたリング/導波路結合構造によるバンドパスフィルターの動作確認を経て、複数のフィルターを集積した際の複合動作の実証も行う。

今後の研究開発の方向性 今後の研究開発の方向性。バンドストップフィルターのリング/導波路結合構造に2本目の導波路を追加すればバンドパスフィルターとなる。複数のフィルターの集積化も実証する[クリックで拡大] 出所:NTT、岡山大学

 さらに、磁性体の導入によって外部磁場で超音波を動的に制御する技術の開発も検討しており、フィルターだけでなく、周波数変換器や増幅器などの無線通信端末に必要な高周波アナログ演算処理を超音波を用いて同一チップ上で処理することも目指す。これにより、既存システムであった超音波フィルターと電子部品間の圧電変換や基板接続が不要になり、アンテナ部のさらなる小型化や省エネルギー化につながることが期待されるとしている。

 なお、今回の研究成果は、2024年7月16〜19日に富山県富山市で開催される国際会議「14th International Conference of Metamaterials, Photonic Crystals and Plasmonics(META2024)」の招待講演(7月17日17時から)で発表される予定だ。また、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)の「極超音波トポロジカルフォノニクスの開拓と多機能弾性デバイスの開発」と「超高速マグノフォノニック共振器デバイス」による支援を受けている。

⇒その他の「組み込み開発ニュース」の記事はこちら

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.