複雑化するリスクに対応できる製造現場を作るには組織が成熟したBCPを策定するだけでは不十分です。組織の構成員である従業員一人一人が想定外の事態に対して柔軟かつ適切に対応する能力を保有していることが求められます。
想定外の危機や環境変化に直面した際に、「従業員一人一人の能力や意識」と「組織の危機対応能力」でそれらを乗り越え、さらなる発展を遂げることができる組織の力、すなわち「組織レジリエンス」が、今まさに企業に求められています。
この組織レジリエンスを向上させるにはどのような要素が必要でしょうか。KPMGでは、過去にさまざまな企業で発生した不祥事や、危機対応に成功した企業の特徴を分析し、組織レジリエンスを向上させるための6つの要素を定義しました(図3参照)。これらの要素を備える企業は有事に際しても、それに立ち向かい、克服できる可能性が高いと言えます。
「自社が何のために存在するのか?」を示すために企業が掲げるパーパスを、従業員一人一人が理解して行動に移せるようにすることが重要です。
例えば、2005年に米国で発生したハリケーン・カトリーナで被災したハンコック銀行では、システムが停止し顧客が口座を保有しているか確認できない状態に陥りました。しかし、経営陣は「顧客への奉仕、地域への奉仕」という企業理念に立ち返り、自行の顧客か否かに関係なく困っている地域住民に融資することを決断した、という事例があります。
このように危機が発生した際に、BCPに記載されていない想定外の事象が起きた場合でも、「社会に対する価値」を軸に従業員が自律的に動くことができる状態を目指すことが重要です。
甚大な危機が発生した際には、被害の大きさに途方に暮れ、何から手をつけてよいか分からず従業員が混乱するようなケースも想定されます。最終的なゴールである「事業活動の復旧」を見据えながらも、「この製品のラインだけは動くようにしよう」というように達成可能なレベルの目標を設定し、1つずつ着実に達成していき、それを繰り返すことで、最終的には事業活動の早期復旧実現が期待できます。
有事においては、情報が限られる中、短時間で難易度の高い意思決定が求められます。そのような中で起こりやすい過ちが、内部の事情だけを鑑みて意思決定をしてしまうケースです。世論、顧客の被災状況、株主からの要請、NGO(非政府組織)/NPO(非営利団体)からの発信など、あらゆるステークホルダーの反応も意識しながら、意思決定を行うことが重要です。
ただし、有事で混乱している中、平時から意識していないことを急に実施しようとしても難しいため、平時から外部環境変化に対するアンテナは高く持ち、ステークホルダー目線で意思決定する癖をつけておくことがポイントとなります。
意思決定した内容を対外発信していくことも重要です。可能な限りオープンな情報開示を行うことで、ステークホルダーの信頼を獲得する動きが必要になります。場当たり的な情報発信を避け、事実として確認できている情報を、定期的に発信し、ユーザーとのコミュニケーションタッチポイントを増やし、対応状況の共有を行うことが求められます。また、受け身になるのではなく、顧客の求める情報をプロアクティブに収集、把握し、取引先に発信していく必要があります。
製造現場においては、被害状況とその影響を早期、かつ正確に把握することが重要です。タイムリーに本社や取引先に報告するためには専門の担当者を設置し、製造実務とは一線を置いた部隊で情報集約した上で対応することがポイントとなります。
組織は集団であるため、倫理感や責任感を失いやすい傾向にあります。特に有事においては、被災により業務に従事できない従業員も多く発生します。そのような中では、平時の役割の範囲では対応ができなくなるケースが往々にして存在するため、普段の役割を超えた積極的、自律的な対応が求められます。
そのためには、平時から従業員一人一人が自身の責任と判断で自発的に仕事を進め、改善する文化を根付かせることで、危機対応時にもオーナーシップをもって復旧対応を行えるような環境を作っておくことが重要です。また、「従業員が危機対応時に自律的に判断、実施した結果の責任は経営層が取る」というメッセージを伝えることで、従業員が自律的な判断を行うことに対する心理的安全性を確保することも重要です。
製造現場においては、異動のローテーションが少なく組織が閉鎖的になっていることで、属人的な業務が増え、曖昧な役割や責任のもと、部下が異論を唱えづらいケースも存在します。混乱状態においては、既存ルールに基づいた細かい指示を出すのではなく、対応の大方針だけをシンプルに伝達し、現場に自己判断を促すことが効果的であり、稼働可能な下位レイヤーの従業員に判断権限を与えるといった柔軟性も求められます。
そのためには、同じような経歴や性格の人材のみで組織を構成するのではなく、平時からダイバーシティを意識して、組織やプロジェクトにあえて異なる価値観や視点を持った人材を採用し「組織を安定させすぎない」ようにしたり、適度にローテーションを行い風通しの良い文化を醸成したりするなど、組織設計における工夫が求められます。
このように製造現場においても、地政学リスクやESGリスクに対応するBCPへの変革に加え、組織の構成員である従業員一人一人の危機対応能力、意識を向上させ、エマージングリスクなどの危機を乗り越えられるレジリエントな組織へと変革する時代に差し掛かってきていると言えます。
安定供給を確保するために、生産停止するリスクを可視化し、中長期的な目線も持った本質的な事業継続を目指すことが重要です。
次回は、本連載の最終回としてこれまでに解説してきた第1回から第8回までの内容を概観した工場を取り巻くリスク対応について総括を行います。
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