続いてミクロ方向での変化として、人の気付きや判断/暗黙知のデジタルツイン化について触れたい。従来、設備機器の繰り返し動作については標準化がしやすくデジタルツイン化が比較的しやすかったが、一方で、人の判断や気付きについてはデジタル化が難しく暗黙知化しがちだった。しかし、メタバース空間で熟練者の判断、気付き、ノウハウが追体験できるようになると、これをトレーニングに生かす取り組みが進むようになった。
その一例がサービス業のおもてなしだ。日本の飲食や小売り、介護などのサービス業は現場従業員の気付きや、おもてなしが強みといわれている。しかし、これらは属人的なものであり、現場の実践の中で熟練者の背中を見て覚える必要があった。標準化や形式化、さらには知見を外部提供するような商材化が難しい領域なのだ。
現在、サービス業のおもてなしや人の判断を3D空間でデジタル化することで、標準化/形式知化する動きが進みつつある。3D化してトレーニングすることで、従来取れなかった人の動きや気付きに関するデータが蓄積できるようになる。これにより、シミュレーションや改善のサイクルが回せるようにすることを目指す。
製造業や建設業などは設備やモノの動きも重要な産業だが、サービス業においては「人」が最重要だ。サービス業として自前でのIT投資や研究開発に限界がある中で、政府の研究機関として重要な役割を果たしているのが産業総合研究所(産総研)だ。ここでは産総研がロイヤルホストとがんこフードサービスで取り組んでいるサービス業の人の気付き、判断、おもてなしのデジタルツイン/3D化を紹介したい。
ロイヤルホストの事例ではいままで暗黙知として標準化が難しかった「おもてなし」をデジタル化し、移管の実現を目指しているのがポイントだ。現状の研究段階では熟練の従業員から、非熟練の従業員へノウハウを継承することを目的としているが、今後サービス業におけるCPSとしては他社への提供を通じた新たな収益源の確保にもつながってくる。例えば、日本のサービス業が強みとするオペレーション、現場従業員の気付きなどをCPSでデジタル化して、外販ソリューションとしていく可能性も想定されるのだ。
研究に協力したロイヤルホストは1971年に1号店がオープンした大手ファミリーレストランである。経産省所管の研究機関である産総研と共同で、熟練の従業員の動きや気付きを3D空間上でデジタルツインとして再現し、トレーニングを行う取り組みを銀座インズ店(東京都中央区)で行っている。実在の店舗を3D化し、複数の顧客への対応をシミュレーション、トレーニングできる仕組みだ。
飲食店においては複数の顧客に同時並行で気を配り、下げるべき皿がないか、コップに水を注ぐ必要があるか、注文待ちの客がいないかを注意する必要がある。タスクの優先順位をつけて、接客行動の判断をしなければならない。
従来、この判断を標準化することは難しく、実際にサービス現場に立って顧客とのやりとりや失敗を経験し、あるいは、熟練の従業員の姿を見て覚えることが必要だった。しかし、3D環境であれば、複数顧客の食事や水の量の変化や、待ち時間による顧客のイライラなど感情の変化を表現できる。実現場に近い環境のシミュレーションを用いてトレーニングすることで、熟練従業員の気付き、判断を標準化し、それらのスキルを新規入店の従業員へ移管できるのである。
また、プロセス産業ではプラントの異常時の対応が現場の熟練ノウハウであり、これらの標準化や技能伝承が求められている。この領域においても、実際に異常時を経験する機会は限定的なため、デジタルツインのシミュレーションやメタバースとしての仮想体験が重要となる。同社はバーチャル上のプラントで異常事態を仮想体験し、対応をシミュレーション、トレーニングする仕組みを提供することで顧客プラントの安心安全を支えている。
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