尾形氏によるCTGの仕様は、チェンマイでの経験を盛り込んだものだった。
心拍計と陣痛計は環境に左右されることなく使用できるよう、持ち運びできるサイズであり、アクセサリー類は一般的なUSBケーブルなど代替が利くものを目指した。また、高額かつ大きな専用端末ではなく、市販のタブレット端末やスマートフォンでデータを集計/送信できるよう、トランスデューサーにはBluetooth通信機能を盛り込みたかった。いわゆる既存のCTGをモバイル化し、IoT機能を盛り込んだ仕様だ。
この仕様に医療機器を開発/製造するメーカーからは、ことごとく断られた。民生品規格で超音波を使う医療機器を開発した前例がどこにもなかったのだ。民生品を製造しているEMS(製造受託企業)からも「医療機器の開発はできない」と断られた。日本全国のEMSを周ったが、地元から救いの手が差し伸べられる。かがわ産業支援財団の紹介で、高松市に本社を置くEMSが製造を引き受けてくれたのだ。
開発には尾形氏の前職から協力関係にあった原氏に加え、原氏とともにCTGの基本原理を発明した竹内康人氏が加わった。竹内氏はベースとなる回路図の仕様をメロディ・インターナショナルの開発陣に詳細にレクチャーし、製造工場のエンジニアも交えて、実際の製品に落とし込むための設計、開発、試作を繰り返す日々が1年ほど続いた。
創業から1年後の2016年に第1号となる検証機が完成した。尾形氏は早速チェンマイの産婦人科で検証したが、惨たんたる結果に終わったという。
「課題を書き出したら200項目もありました。帰国後、日本で根本的な要因を分析した結果、3つの大きな課題があることを突き止めました。1つ目は計測器が妊婦のお腹の形に合っていないことです。ぴったりフィットしないので、心拍数が正しくモニタリングできていませんでした。2つ目は医療現場で使うにはスピーカー音量が小さ過ぎること、3つ目は通信機能が安定性に欠いていたことでした」(尾形氏)
1号機の開発には想定以上の費用を要したが、尾形氏らは開発を継続。製品版の完成には2年の歳月をかけた。ノイズ対策と通信の安定性の改善、小さな外装でも一定以上の音量になるよう筐体設計を何度もやり直した。検証には地元の子育てセンターに訪れる妊婦が協力した。
心拍計をお腹に当てると胎児の心音がスピーカーから再生され、妊婦の顔がほころぶ。チェンマイでも見た妊婦の喜ぶ顔に、開発陣は何度も製品化する意味を再確認したという。
2018年に製品版が完成すると、創業の原点であるタイにも持ち込んだ。以前の試作機よりも早く、正確に計測できるとあって、関係者は「エキサイティングだ!」と興奮を隠さなかったという。日本国内でも奄美大島の産婦人科で初契約を結んだのを機に、へき地の医療機関への導入が始まった。
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