今回は、分かるようで分からない電池の「劣化」とは何なのかをあらためて考えていきたいと思います。
前回は「SOC」や「SOH」といった電池の性能や劣化状態を客観的に数字で判断するために必要な各種指標について解説しました。前回の記事をまとめていく中で感じたのは、リチウムイオン電池における「劣化」というものの取り扱いの難しさです。
SDGs(持続可能な開発目標)の取り組みが進められ、電気自動車(EV)へのシフト、再生可能エネルギーや蓄電技術の活用など、電池技術への関心も高まり続ける昨今、各メディアやSNSでも電池に関する内容を目にする機会が増えました。私自身、こういったコラムの執筆や雑誌の取材、セミナーなどでお話しする機会が増えており、大変ありがたい限りです。
しかしそういった中で、電池の「劣化」という言葉のもつ意味の曖昧さ、「劣化」という概念を説明に用いることの難しさを実感することもまた、同じく増えたように感じています。今回は、そういった所感を整理し、分かるようで分からない電池の「劣化」とは何なのかをあらためて考えていきたいと思います。
そうは言ったものの、初めに断りを入れておくと、リチウムイオン電池の劣化メカニズムやそれによってもたらされる影響というものはまだまだ完全には分からない部分が多いのが現状です。
これは以前にもご紹介した通り、ひとくちに「リチウムイオン電池」といってもさまざまな構成の電池が考えられることが1つの理由です。また、当初、民生用リチウムイオン電池がモバイル用途で要求されていた特性水準を超えて、電気自動車や定置型蓄電池などさまざまな用途へ広がる中で各種特性の向上や期待寿命の長期化が要求されていることもあり、なかなか一般論として竹を割ったように「こうである」と、はっきり語りにくい面があることは否めません。
そのため少々歯切れの悪い物言いにはなりますが、今回ご紹介する内容も、あくまでも2023年本稿執筆時点での一般論や研究報告事例をベースに整理した一見解であることを念頭に置いていただければ幸いです。
以前のコラムの中で、リチウムイオン電池の劣化は「通電劣化」と「経時劣化」の2つに大きく分けて考えられるという話をしました。電池の充電/放電を繰り返すことで進行する「通電劣化」と、特に電池を使用せずとも時間経過に伴って徐々に進行していく「経時劣化」。電池の中ではこの2つの劣化が同時に進行するため、実際の用途や目的に応じてどちらの劣化要因がどれだけ寄与するかを見極める必要があるという考え方です。
ここでポイントとなるのは「通電劣化」や「経時劣化」と表現するときに「劣化」という言葉が意味するのは「発生要因」としての劣化であるという点です。これらは「どんなときにどんなことをしたら劣化が起こるのか?」という劣化要因を示した言葉です。しかし「劣化」という言葉で表現できるのは必ずしも発生要因だけとは限りません。
例えば、電池の中の特定の材料の状態が変質したことを表すために「電極が劣化した」「電解液劣化が発生した」などと表現する場合もあるかと思います。こういう場合の「劣化」という言葉が意味するのは「発生箇所」としての劣化、つまり電池の中の「どの材料が劣化したのか?」という劣化箇所を示した言葉です。
また、発生した電池の劣化というのは何らかの手段によって測定され、その結果を数値として知ることとなります。この場合、電池の「劣化」という言葉はそういった「測定結果」を意味するものとして用いられます。つまり「どんなことが起きたら劣化と見なされるのか?」という劣化の結果として観測される電池特性の低下を示した言葉です。代表的な表現としては「容量劣化した」「劣化によって出力特性が低下した」などが挙げられるかと思います。
これ以外にも「電池の中で何が起こっているのか?」という「状態変化」としての意味合いでの「劣化」が関与してきます。
具体的には「活物質の崩壊」や「電解液の分解」「リチウム金属の析出」といった電池内部で発生する現象面を切り口として語られる内容であり、まさに劣化メカニズムや発生事象を解明する際に考えられる項目でもあるかと思います。
まとめると、同じ「劣化」という言葉であっても、それが意味するものとしては「発生要因」「発生箇所」「測定結果」「状態変化」といった異なる観点を示している場合があるにもかかわらず、どれも「劣化」という言葉でひとくくりにされがちです。
こういった「劣化」という言葉のもつ意味の曖昧さが、ときに各自の理解や認識におけるすれ違いを産んでいるように見受けられる場面もあり、電池の「劣化」という概念を説明に用いることの難しさを感じる要因にもなっています。
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