小売業における人材不足への対応や人件費削減という観点で注目を集めているのがレジなし店舗だ。中根氏は「商品の補充などを含めて無人店舗の実現はまだ難しいが、レジなし店舗には大きなメリットがある。単なる人件費削減だけでなく、先述したスキャンミスや万引き防止も同時に実現できる」と強調する。
このレジなし店舗の技術で業界をけん引しているのがNVIDIAと協業するAiFiだ。フランスのカルフール(Carrefour)への導入をはじめ採用を拡大している。日本国内でも、セキュアとAiFiが2023年2月に新宿住友ビル地下1階の店舗における実証実験を発表している。「現時点で世界全体で約600店のAIベースのレジなし店舗が展開されており、その多くでNVIDIAのAIソリューションが活用されているとみている」(中根氏)という。
また、インテリジェントストアやインテリジェントQSRにおけるカメラを用いた映像分析ではハードウェアのコストが導入の大きな壁になっていた。これは、店舗の広さに応じて多数のカメラを設置しなければならず、これらのカメラ映像を処理する複数のハードウェアも必要になるためだ。しかし、最新の組み込みAIコンピュータである「Jetson Orin」がこの状況を変える可能性が出てきた。国内ベンダーのAWLは、ドラッグストアのサツドラの店舗における10台以上のカメラ映像を用いたAIアプリケーションの処理を1台のJetson Orinで対応した事例を報告している。中根氏は「店舗面積に制限がある日本や東南アジアでは、大幅に性能向上したJetson Orinの活用が期待できる」と述べる。
インテリジェントサプライチェーンにおけるAI活用の事例としては、需要予測、スマート倉庫、ラストマイル配送が挙げられる。
ウォルマートは、AIによって日々の需要予測の改善に努めている。世界最大の小売事業者として知られるウォルマートだが、毎日5億件を超える店舗ごとのアイテムの組み合わせに対する需要予測の精度をAIによって3ポイント向上したという。ドミノピザも、世界全体で約1万7000の店舗から年間30億枚以上のピザを配達しており、その需要予測にAIを活用している。
スマート倉庫に取り組んでいるのが、インテリジェントストアの事例にも出てきたクローガーだ。オカド(Ocado Group)との提携により20カ所のスマート倉庫を導入する計画だ。オカドは、イオンとの間で日本国内における独占パートナーシップ契約を結んだことも知られている。
この他にも、Telexistenceが展開するコンビニエンスストアのバックヤードで飲料を陳列するロボット「TX SCARA」にも「Jetson」が利用されている。TX SCARAは2022年8月からファミリーマートの主要都市圏の300店舗への展開が始まっている。
Eコマースが重視されるオムニチャネルマネジメントにおいて、今後重要な役割を果たすと見られているのが、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)とも連携するデジタルツインである。NVIDIAのOMNIVERSEは、デジタルツインの産業活用で重要な役割を果たすことから大きな注目を集めている。
例えば、ホームセンターを展開するロウズ(Lowe's)は店舗レイアウトの改善やより良いショッピング体験のためにOMNIVERSEを活用している。クローガーも、OMNIVERSEによるシミューレションで店舗レイアウトや作業プロセス、顧客のショッピング体験の最適化に取り組んでいる。
中根氏は「日本国内で小売業向けのAI活用を提案してきたが、これまでなかなかPoCの壁を超えられないのが実情だった。しかし、2020年は0件、2021年にやっと1件というところが、2022年は5件ほどにまで増えており、今後急速に伸びてくる手応えがある」と述べている。
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