「メイカームーブメント」から10年。3Dプリンタをはじめとする「デジタル工作機械」の黎明期から、新たな設計技術、創造性、価値創出の実践を積み重ねてきたデザイン工学者が、蓄積してきたその方法論を、次に「循環型社会の実現」へと接続する、大きな構想とその道筋を紹介する。「環デザイン」と名付けられた新概念は果たして、欧米がけん引する「サーキュラーデザイン」の単なる輸入を超える、日本発の新たな概念になり得るか――。連載第6回では筆者が提唱する“より良い循環”を目指していくための新たなコンセプト「環デザインとリープサイクル」のうち、“環デザイン”について取り上げる。
2022年1月、国内で初めての「サーキュラーデザイン」に関する包括的な書籍『サーキュラーデザイン:持続可能な社会をつくる製品・サービス・ビジネス』(学芸出版社)が出版された。著者の水野大二郎氏、津田和俊氏に加え、筆者らも参加した「Circular Design Praxis カンファレンス」が同年8月下旬に京都で開催され、アジア・パシフィック文化圏に生きる私たちが、こうした世界の流れを受けてどのような実践を進めていくべきか、積極的な議論が行われた。日本各地で「サーキュラー」や「めぐるデザイン」を冠した展覧会やイベントが同時多発的に開催された2022年は、循環型社会を目指した新しいデザインの動きの「元年」のようであった。
サーキュラーデザインを考える基本となるモデルとして、エレン・マッカーサー財団が発表した「バタフライダイヤグラム」が広く共有されている(図1)。
資源が上から下へと一方向に流れ、焼却や埋め立て、廃棄されていくのが従来の「リニアエコノミー」である。これに対し、「サーキュラーエコノミー」では、使用済みのものを資源として回収し、噴水のように下から上へと再度くみ上げて循環させる仕組み(系)を作り上げていくことになる。
その方法として示されたものがバタフライダイヤグラムであり、左側に「再生可能資源の生物学的サイクル(最終的に地球に還し、地球を介して再生していく循環)」、右側に「枯渇資源の技術的サイクル(人間社会の中で回しながら、カタチを変えて使い続けていくストック資源のサイクル)」が大きく布置され、かつそれぞれの中には、大小さまざまな多重の循環形態(円)が含まれる。
この図の全体が、2枚の羽を持つ“蝶”に似ていることから、バタフライダイヤグラムと名付けられた。なお、バタフライダイヤグラムの右側半分は、1994年に日本で制定された「コメットサークル」(リコーが商標を有する循環型社会実現のコンセプト)が参考にされたともいわれている。ここ数年、日本のメーカー各社はこぞって「循環戦略」を発表しているが、それはバタフライダイヤグラムの右側部分について、各社の独自性を加えて詳細化した図のようにも捉えられる。
さて、このバタフライダイヤグラムは、目指すべき循環型経済のエッセンスを、極力シンプルに描いた図である。従来のリニアエコノミーとの違いをはっきりと理解し、左右を区別すること、また入れ子となった円の多重性も現実に即しており伝達しやすい。
ただ、筆者自身はシンプルなバタフライダイヤグラム1枚のみでは、本来の“循環”という概念が含んでいた、豊穣で多面的な想像力の全てを記述し切れていないとも感じていた。実際、循環の現場に立っていると、さまざまな複雑な流れを整流するために必要となる図式として、このモデルだけでは不十分なのである。それを考えるために、まずはそもそも「循環とは何か?」まで立ち戻ってみることにする。
バタフライダイヤグラムに描かれているのは“物質の循環”のみであるが、本来“循環”という語にはそれを超える豊穣なニュアンスが含まれていた。『循環型社会の制度と政策』(岩波書店/編集:細田衛士氏、室田武氏|2003年)の中に次のような一節がある(P12〜13)。
古典ラテン語で循環(Circulation)は、円を描くような動き全般を意味していたが、それは何らかの中心を前提とするものであった。また、神や永遠なるものを中心にして命や時間が循環するというように、比喩的な使われ方もされていた。中世後期の英語では、循環(Circulation)は、液体が繰り返し蒸発しては元の状態に戻ることを意味していた。こうした古い循環概念に共通しているのは、循環するものが、異質で非対称な空間の間を移動しており、しかもそれぞれの空間を区別しながら結び付けていたことである。
(中略)
このように、循環は古来の用法では、何らかの状態がさまざまに変化しながら元の状態に戻ること、つまり状態の循環を表す概念であった。これに対して、物質の循環はハーヴェイが血液の循環を発見して以来注目されるようになった比較的新しい考え方である。
ここで興味深いのは、生物学者の柴谷篤弘が、生物学では循環に2通りの意味がある、と述べていることである。すなわち、「実際に物質が回るという意味の循環と、生物のある状態が次々変化して、また最初の状態が戻ってくるという意味での循環」である。そして柴谷は、状態の循環が成り立つためには、環境の多様性がなければならないことを強調する。
(中略)
柴谷は、生態系における食物連鎖を、単に物質の循環として捉えるのではなく、四季の変化を通して生物間の関係が元に戻るという、状態の循環としても捉えなければいけないことを明らかにしている。(「循環型社会の制度と政策」より)
こうした記述に代表されるように、本来の“循環”という概念が含んでいたのは、物質が空間的に移動するだけでなく、状態が時間の中で周期的に繰り返していくことであり、そこで量と速度が絶妙に調和していることが要件でもあった。そして、その系の中で、1つの主産物のみならず多様な副産物が算出されていることにも目を凝らす必要があった。このモデルは言うまでもなく“自然の生態系”である。自然の生態系から出発し、人間社会の営みを丁寧に接ぎ木していくように、これからのデザインを考えていくのであれば、そのモデルはむしろ「システミックデザイン」と呼ばれているものの方が参考になる。
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