一方のOKIが持つCFB技術は、レーザープリンタのレーザー発生部をLEDに置き換えたLEDプリンタを事業展開する中で開発された技術だ。LEDプリンタの印字ヘッド用LEDアレイを小型化すべく、ドライバIC上に直接薄膜LEDを搭載して一体化するために開発された。切り出した薄膜LEDとICの接合に接着剤などは用いておらず、分子間力によって実現していることが最大の特徴になる。OKI コンポーネント&プラットフォーム事業本部開発本部 LED応用開発部第一チーム チームマネージャーの谷川兼一氏は「食品ラップがくっつく力で知られる分子間力は、化学結合の中でもあまり強い力ではない。しかしCFB技術は、2006年に実用化してから1000億ドットの出荷実績があり、LEDがはがれたことはない」と説明する。
このCFB技術を持つOKIがKRYSTALの技術に着目したのは、シリコンウエハー上に形成した単結晶薄膜について、バッファー層の存在によって剥離することが可能な点だった。分子間力に基づくCFB技術は、さまざまな材料をさまざまな基板や構造体上に接合できるため、MEMSデバイスの製造に用いられるSOIウエハーに高品質な単結晶薄膜を接合することで高性能なMEMSデバイス製造用の基板を提供したり、制御ICを作り込んだウエハー上に単結晶薄膜を接合することでICとMEMSを一体化したりといったことが可能になる。
両社は2021年から協業を開始し、約半年間かけて指静脈認証が可能な超音波センサーをテーマにした実証に取り組んだ。谷川氏は「スマートフォンのディスプレイに内蔵されている指紋認証の仕組みに超音波センサーが用いられている。しかし、指紋認証は偽装が容易でありセキュリティレベルは高いとはいえない。そこで、単結晶薄膜を用いた超高感度の超音波センサーを用いれば指静脈を用いた堅牢な認証が可能になる。また超音波センサーと制御ICを一体化すれば薄型化にもつなげられる」と強調する。
大阪大学 産業技術研究所の協力の下で実施された実証では、KRYSTALの単結晶圧電薄膜と、OKIのCFB技術を用いてシリコンやガラスなどの異種材料への接合が可能なことや、接合後のプロセス耐性などを確認した。
試作した超音波センサーは、多結晶PZT材料を用いたものと比べて、送信強度で4倍、受信強度で6倍となり、感度しては24倍を達成した。指静脈認証に必要な感度は16倍だったが、それを大きく上回ったことになる。
この実証結果を基に、両者は今後も協業を進めていく考えだ。KRYSTALは、商用化しているPZTを用いた単結晶圧電薄膜だけでなく、現在開発中の窒化アルミニウムやニオブ酸リチウムの単結晶薄膜をOKIとの協業にも展開したい考えだ。窒化アルミニウムは、PZTとは異なり鉛を含まない圧電材料となり、ニオブ酸リチウムはBeyond 5Gや6Gといった次世代移動体通信向けのバンドパスフィルターへの応用が検討されている。OKIは、顧客の求めるカスタムウエハー提供の一環として、ウエハー内に異なる単結晶薄膜を接合することで、より高性能なデバイス開発に貢献するための技術開発を進める。例えば、実証のテーマとなった超音波センサーの場合、受信部についてPZTよりも高い受信強度を持つ単結晶圧電薄膜を適用することなどが考えられるという。
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