「つながるクルマ」が変えるモビリティの未来像

AI活用が進む自動車業界、その継続的な運用に必要な「MLOps」とは自動車業界向けAI活用入門(前編)(1/3 ページ)

AIの活用が進む自動車業界だが、その使いこなしという意味では課題も多い。本稿は前後編に分けて、自動車業界が抱えるAI活用の課題を取り上げるとともに、その解決策として「機械学習モデル管理の重要性」(前編)と「コネクテッドデータの活用」(後編)という2つの観点で解説する。

» 2022年06月21日 07時00分 公開

 筆者は、約15年にわたってモビリティ業界で最先端のIT技術を活用した製品プロトタイプ開発やデータ分析業務などに携わり、現在は「AI Cloudプラットフォーム」を提供するDataRobotで、製造業、特に自動車関連企業のAI導入支援を行っています。本稿では、自動車業界が抱えるAI活用の課題を取り上げるとともに、その解決策として「機械学習モデル管理の重要性」と「コネクテッドデータの活用」という2つの観点について前後編に分けて解説します※)

※)DataRobotが展開する「AI Cloudプラットフォーム」において、AIは「Augmented Intelligence:拡張知能」と定義しています。ただし、以降の記事中では、特段の説明がない限り、AIは「Artificial Intelligence:人工知能」として取り扱います。

 今回の前編で取り上げるのは、運用中の機械学習モデルを管理する手法である「MLOps」です。

AI活用が広がる自動車業界

 自動車業界はAIの導入や活用が活発な業界の一つです。自動車製造工場内の業務はもちろん、研究、設計/開発、販売業務においてもAIを活用している事例がたくさんあります。

 製造の現場では、製品の不良品検知や異常検知などでAIが活用されます。部品の外観画像をAIが分析して不良品を検知する、打音のデータから製品の内部の異常を検知するといった活用は、AIの得意分野でもあります。

 製造設備の予防保全などでもAIが活用されています。設備のIoT(モノのインターネット)データから設備の不具合の予兆を検出し早めに設備の補修を行うなど、工場の安定稼働にもAIが一役買っています。

 製造以外では、クルマを構成する各種機能、特に自動運転車やコネクテッドカーなどの実現に多くのAIが活用されています。それら車両の設計/開発では要因分析や設計パラメータの最適化などに多く活用されています。そして販売でも、消費者の需要予測やディーラーの設置場所の最適化に使うといった活用もあります。企業運営の領域では、欠勤予測、退職予測にAIを取り入れている事例もあります(図1)。

図1 図1 社内で個別に運用されているさまざまなAIモデル[クリックで拡大]

 一見すると順調に見える自動車業界の各現場でのAI活用ですが、ここには落とし穴が存在します。それは機械学習モデルの管理機能の不在です。

 多様な業務で異なる機械学習モデルが開発、運用されている場合、果たして全てのモデルを適切に管理できているといえるでしょうか。各業務の個別最適化に向けて機械学習モデルを開発し、それぞれ独自に運用している場合、責任の所在が曖昧になり、適切に管理されていないというケースが多く出てきます。これは自動車業界に限らずAI活用に取り組む企業の間で新たな課題となっているのです。

 では、機械学習モデルが適切に管理されていないと、どんな問題が発生するのでしょうか。

機械学習モデルを導入した後のモデル管理の重要性

 機械学習モデルを導入した当初のままで使っていると、さまざまな要因で精度が下がることがあります。精度が下がったままで運用していると、製品の品質劣化、工場設備のトラブルや事故、誤った予測による施策の失敗など、さまざまなリスクが発生します。

 例えば、製造ラインの設備の状態変化があります。日々利用している設備の一部が摩耗したり、一部の部品を交換したりすることはよくあると思います。また、想定していないこうしたわずかな条件の変化で、機械学習モデルの精度が落ちてしまうことがあります。

 他には、部品の在庫管理などにおけるAIを用いたケースでは、外部状況の劇的な変化、例えばコロナ禍の影響を受けた消費者購買行動の変化や半導体不足などの影響を受け、当初想定した(機械学習モデルで推定した)部品需要が大きくずれてしまったという事例をよく聞きます。

 材料における化学プラント設備の異常予兆の検知において、当初の想定以上にプラントの腐食が進んだり、また材料の不純物が増加したりすることで、故障予知モデルがうまく機能しなくなるケースもあります。

 つまり、工場の中で発生する日々の微妙な変化が影響して、当初想定した機械学習モデルの精度が得られなかったり、機能しなかったりすることがあります。それにより、不良部品の見落としや歩留まりの低下を引き起こし、また工場の安全管理にAIを使っている場合には、異常を検知できずに火災発生、事故発生といった重大なインシデントにつながることもあり得ます。

 AIの業務への実装や運用には、従来のITシステムとは異なる考慮や保守のための考え方が必要になりますが、今日、機械学習に関する知識や経験が豊富なITエンジニアや運用保守担当者の数は限られています。そのため、AI導入後の保守管理が正しく行えないケースが増えてきています。自動車業界はAI活用が活発な一方で、担当者がそれぞれ創意工夫の上導入して属人化してしまう、社内でどんなAIが動いているのか誰も把握できていない、といったことも珍しくないのです。

 機械学習モデルの精度をチェックし、改善できるようなメンテナンス計画を用意していないで運用を続けると、精度が劣化し使い物にならなくなります。なぜ劣化したのか原因把握もしないまま「AIを業務に使うには早かった」という判断をされ、AI活用プロジェクトが終了してしまうこともあります。

 こうした事態を避けるための仕組みが「MLOps(Machine Learning Operations:機械学習オペレーション)」です。AIを定常的かつ継続的に活用していく上で、MLOpsは必須の考え方と言っても過言ではありません。

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