本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第11回はスタートアップへの投資契約における、優先株や新株予約権を利用した場合の留意点を解説する。
前回は、事業会社によるスタートアップへの投資における留意点をご紹介しました。今回はその後編として、スタートアップへの投資を行う際に気を付けなければならない、優先株式や新株予約権を利用した場合の注意点をご紹介します。
※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。
まずは種類株式(優先株式)を利用する場合の主な留意点を列挙し、それぞれについて解説していきます。
近年、スタートアップのEXITとしてIPO(新規上場)だけではなく、M&Aを選択するケースが増えています。ただ、M&AによるEXITの場合、想定よりも低いバリュエーションが下されてしまうと、普通株式のみで投資していた場合、経営陣と投資家の分け前が不公平になってしまうおそれがあります。
例えば、創業者が100万円で設立したスタートアップのpreの企業価値(資金調達を行う前の企業価値)を8億円と評価し、投資家が普通株式の取得に対して2億円を投資して、20%の株式を保有した場合を想定します※1。条件が変わらなければ、postの企業価値(資金調達を行った後の企業価値※2)は10億円となるはずです。しかし、このスタートアップが4億円でM&Aによる株式売却を行うと、投資家はその20%に当たる8000万円しか得られず、結果的に1.2億円の損失を出してしまいます。一方で、創業者には投資家から受けた100万円の出資分を差し引いた、3.19億円の利益が出るのです。
※1:ここで挙げる例については、磯崎哲也『起業のエクイティ・ファイナンス:経済革命のための株式と契約』(ダイヤモンド社、2014年)の内容を参照した。
※2:Postの企業価値=資金調達額+Preの企業価値
こうした不公平を是正するべく、優先株式が活用されます。例えば、上記の例で、投資家による2億円の投資が、M&Aをみなし清算の対象とした残余財産の優先分配権(優先分配額1倍、参加型※3)が付いた優先株式によって行われたとしましょう。EXITの利益である4億円については、まず投資家に2億円が分配され、残りの2億円を株式の保有割合に応じて分配することとなります。このため投資家は合計で2.4億円(1.6億円の利益)、創業者は1.6億円(1.59億円の利益)を得ることとなり、不公平感は一応解消されます。
※3:日本では、1倍かつ参加型の例が多いといわれている。
では、実際にはどういった内容で優先株を設計すべきでしょうか。まず、残余財産の優先分配に関して説明します。これは、会社が清算する際に、優先株主が優先的に残余財産の分配を受けられるというものです。分配方法については優先分配の額をいかに設定するか、また、優先分配の後に優先株主が残額の分配に再度参加できるかが問題となります。
まず、前者については投資額を基準に何倍の優先分配を受けられるかが定められます(上記の例だと1倍=投資した2億円について優先分配を受ける権利が認められる)。後者では、優先分配後の残額分配に優先株主が参加できる場合を「参加型」、そうでない場合を「非参加型」と呼称します(上記の例は参加型)。
本来、残余財産の優先分配は会社清算時を想定した仕組みです。ただ、M&A時の投資家とスタートアップ間の不公平を解消するためにも用いられます。M&Aを会社の「清算」と見なすことで、M&A実施時にその対価を残余財産分配の規定に従って分配するという合意が可能になります(みなし清算)※4。
※4:定款におけるみなし清算条項の有効性について争われた裁判例は、本書執筆時点においてはない。有効性に疑義があるとして、株主間契約においても、みなし清算条項と同様の内容を規定する例が多くみられる。
取得請求権とは、優先株主からスタートアップに対し、普通株式や金銭などの対価と引き換えに自身の優先株式の取得を請求できる権利です※5。優先株式を通じて得られるメリットを踏まえれば、普通株式に転換するインセンティブは弱いようにも思えます。ただ、ダウンラウンド※6が発生した場合、既存の優先株主の持株比率希釈化を防止するため、活用することになるでしょう。
つまり、ダウンラウンド発生時に、優先株主が保有する優先株式の普通株へと転換する際、優先株式がより多くの普通株式になるよう転換比率を定めておけば、既存の優先株主の持株比率が希釈化されることを防止できるのです。
※5:この対価を普通株式と定めることもできる。この場合には取得請求権があたかも優先株式を普通株式に転換するような権利になるため、転換請求権などとも呼ばれる。
※6:前回の資金調達時よりも株価が下回った状態で資金調達をすること。
また、スタートアップが高額なバリュエーションで買収される場合、優先残余財産分配が非参加型であるときには、優先分配額を放棄して、普通株式に転換した方が分配金額が増える場合もあります。例えば、1倍・非参加型の優先株式の場合、EXIT時に20億円が生じたと想定すると、優先株式では優先分配額の2億円しか得られません。しかし、普通株式に転換すると、4億円(20億円×20%)が得られることになります。
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