エンジニアリングとコンサルティングの「距離感」という問題凡人エンジニアが経営コンサルタントに生まれ変わるまで(5)

ある大手メーカーのエンジニアが、さまざまな紆余(うよ)曲折を経て、新たなキャリアとして経営コンサルタントになるまでのいきさつを描く本連載。第5回は、コンサルティング教育を受けたときに感じた、エンジニアリングとコンサルティングの「距離感」について紹介する。

» 2021年12月08日 09時30分 公開

 社内のコンサルティング研修が始まったのは、2013年4月でした。講習は月2回、1日8時間ほぼぶっ通しで、昼休みに急いで食事をかきこんで午後の講習に備えるといった感じでした。講師の斎藤顕一氏は「家庭教師的な教え方が最も有効である」という考え方をお持ちで、座学の後に一人一人に宿題を出し、その結果に対してアドバイスを行うのが彼のスタイルでした。

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「エンジニアこそが日本の停滞を打破する存在」

 斎藤氏は、マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナー、大阪支社副支社長だった方で、当時から名前はよく知られていました。最初に斎藤氏にお会いしたときのことをよく覚えています。高級スーツにサングラス姿で悠々と部屋に入ってきた斎藤氏は、とても堅気の人には見えませんでした。しかし、ひとたび口を開くと、関西弁でフランクに話す大変愉快な方で、まずそのギャップに驚かされました。それまで、「コンサルタントとは堅い口調でロジカルに話す人」というイメージが私にはあったので、そのギャップはなおさら大きく感じられました。

 しかし、話の内容には「さすが一流のコンサルタントは違う」とうならせられる視座の高さがありました。彼が最初に話したのは、日本の「失われた20年」についてでした。

 日本経済が20年にわたって停滞してきたのは、生産性が向上しなかったからである。その問題を解決するには、各企業がバリューチェーンを大胆に改革しなければならない。現場のエンジニアがそれに取り組めたらそれは素晴らしいことである。あなたたちが掲げているバリューチェーン・イノベーター(VI)のコンセプトは、どう考えても正しい──。

 斎藤氏は、まずそんな話をされました。その言葉に私はエンジニアとしての誇りを大いに刺激されました。今でこそエンジニアは引く手あまたの業種になっていますが、当時は、決して花形の仕事ではありませんでした。エンジニアは縁の下の力持ちのような存在で、世間からも華やかな職業としては見られていませんでした。

 しかし斎藤氏は、エンジニアこそが日本の停滞を打破する存在であるとおっしゃる。さらに、VIのコンセプトも完全に正しいとおっしゃる。一流のコンサルタントからお墨付きをいただけたことで、私は気持ちが高ぶり、視界が一気に開けたように感じました。

ゼロベースで新しい考え方を受け入れられるか

 その一方で、講習の内容に対して距離感があったのも事実です。私たちが最初に講習で学んだのは、業界や企業の分析方法、売上高、営業利益率、投資利益率などの数字の意味を読み取る手法でした。それが、エンジニアである私たちに何の関係があるのか。正直、私はそう感じました。VIはもっと現場寄りで、技術的観点が必要とされるサービスであると捉えていたからです。斎藤氏はコンサルタントとしてはなるほど一流だけれど、私たちのビジネスには合っていないのではないか。あるいは、彼はVIのコンセプトを誤解しているのではないか。そんなふうに思いました。

 その距離感は、斎藤氏の方にもあったようです。「エンジニアリングとコンサルティングは全く別世界なので、依頼されたときはとてもハードルが高いと感じた」と、斎藤氏は後に私に語ってくださいました。

 エンジニアリングにおいて重要なのは、与えられた要件を精度高く実現していくことであり、経営戦略コンサルに求められるのは、経営課題の解決のために何をすればいいかをゼロベースで考えることである。エンジニアリングにコンサルサービスを組み合わせるなら、軸足をコンサルに変えるくらいの柔軟性が必要になる。果たしてそれが可能かどうか。人は新しいものに直面すると、それまでの自分の経験やスキルにすがってしまうものです。VSNの人たちは果たして、エンジニアとしてのこれまでの経験を横に置いて、ゼロベースで新しい考え方を受け入れられるだろうか──。斎藤氏はそう最初に考えたそうです。

 エンジニアリングとコンサルティングの距離感をいかに埋めていくか。それが、私がこの研修プロジェクトに参加して初めて直面した問題でした。もう一つ、私が直面した大きな問題がありました。それは「“桑山って誰だよ”問題」です。

筆者プロフィール

桑山和彦(株式会社VSN コンサルティング事業部 事業部長)

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通信機器メーカー勤務後、リーマンショックを機に株式会社VSNに転職。入社後はエレクトロニクスエンジニアとして半導体のデジタル回路設計やカメラ用SDK開発業務に携わる。2013年より“派遣エンジニアがお客さまの問題を発見し、解決する”サービス、「バリューチェーン・イノベーター(以下、VI)」を推進するメンバー「バリューチェーン・イノベーター・プロフェッショナル」に抜てき。多くの企業で現場視点と経営視点の両面を併せ持った問題解決事案に携わる。現在は、全社的にVIサービスを推進するコンサルティング事業部の事業部長として、企業のバリューチェーン強化、DX推進、人事組織開発について実践的なコンサルティングサービスを推進。VSNのコンサルティング領域拡大をリードしている。

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