では、具体的にスタートアップとのオープンイノベーションでは、どのような問題が生じ得るのでしょうか。スタートアップとのオープンイノベーションにおける問題点については、公正取引委員会が2020年11月に公開した「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」に具体的な例が多数掲載されていますので、こちらをご紹介します。
今回は、出資を伴わないオープンイノベーションの事例一般について解説しましょう。契約種別ごとに見ると、以下の問題点が挙げられています。
i. ビジネスコンテスト
ii. 片務的なNDA・契約期間の短いNDAの締結
iii.NDAに違反した営業秘密の目的外使用
i. 無償作業の強要
i. 知的財産権の連携事業者への一方的帰属
ii. 名ばかりの共同研究(研究開発の大部分をスタートアップが担当するにもかかわらず、成果物の知財が共有又は事業会社のみに帰属させる場合)
iii.成果物利用の制限
i. ライセンスの無償提供
ii. 特許出願の制限
iii.販売先の制限
i. 顧客情報の提供
ii. 報酬の減額・支払遅延
iii.損害賠償責任の一方的負担
iv. 取引先の制限
v. 最恵待遇条件
もう少し具体的に見ると、例えば「共同研究開発契約」に関して、事業会社とスタートアップとの共同研究開発で、成果物の知的財産権について、事業会社への帰属を求めるケースがあります。この場合、事業会社は知的財産権の帰属という観点からは得をしますが、スタートアップは、成果物の創作の過程で生じた知的財産権を他社とのアライアンスで活用することができなくなます。短期間で大きく成長するために数多くの会社とアライアンスを締結する必要が高いスタートアップにとっては致命傷になりかねません。
独占禁止法違反は、違反時の措置命令や課徴金などのペナルティーのみならず、コンプライアンスやレピュテーションリスクの観点からも、企業にとってのリスクが大きいところ、独占禁止法の違反回避のために契約条件を修正する事例もあります。これらは「パートナーの成長=自社の成長」という座組となっておらず、相手方から搾取しなければ成功しづらくなっているため、独占禁止法違反を回避するためだけの修正を施すのみでは、オープンイノベーションとしての成功は難しくなってしまうでしょう。
スタートアップの成長を妨げる行為は決して推奨できません。倫理的な問題もありますが、事業的なリスクとして、スタートアップコミュニティーの中での悪評の広まりによって他のスタートアップとのアライアンス機会までも失う恐れがあるからです。
また、そもそも長期的に見ると、スタートアップの成長こそが事業会社に大きなプラス効果をもたらします。例えば、クレジットカード大手のVISAは、スマートフォンやタブレット端末をクレジットカードリーダーとして利用する技術を開発するスクエアに出資して自社の売上基盤を拡大しています。ここでVISAは、短期的な利益創出を目標としているのではなく、長期的な視点で、自社のサービスが波及し得る潜在市場の開拓を目指しています。
それでは、スタートアップとのオープンイノベーションの“理想的な進め方”とは何なのでしょうか。ここで、2021年3月29日付けで公開された「スタートアップとの事業連携に関する指針」(以下「事業連携指針」)を参照しましょう。
事業連携指針は、NDA、PoC(概念実証)契約、共同研究契約およびライセンス契約の4つの契約段階ごとに、「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」に基づく事例および独占禁止法上の考え方を示すとともに、各契約段階における取引上の課題と解決方針を「スタートアップと連携事業者の連携を通じ、知財などから生み出される事業価値の総和を最大化すること」などのオープンイノベーション促進の基本的な考え方に基づき示したものです。なお、事業指針においては、随所で研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書(以下、単に「モデル契約」)が参照されており、事業連携指針を理解するに当たっては、モデル契約と合わせて理解することが望ましいといえるでしょう。
さて、実態調査報告書に記載されている問題のある契約条件については、今後の連載で別途、個別に解説します。ここで理解しておくべきは、(問題視されている)契約条件を盛り込むことが直ちに独占禁止法に抵触するわけではなく、「スタートアップと連携事業者の連携を通じ、知財などから生み出される事業価値の総和を最大化すること」という観点からの合理性判断が問題となる、ということです。
すなわち、事業会社とスタートアップとのオープンイノベーションに際しての契約交渉においては、単に契約条項を検討するのみならず、相手方のビジネスモデル、当該協業の目的などを、ヒアリングなどを通じて具体的に理解し、いかなる条件が相手方のビジネスの致命傷になってしまうのか、いかなる条件であれば相手方にもメリットを提供できるのかを理解することが重要です。
例えば、事業連携指針でも言及されているように、最恵待遇条件については、AI(人工知能)分野において、スタートアップが「ある連携事業者からデータやノウハウの提供を受けてカスタマイズモデルを生成し、そのモデルを利用したサービスを複数の企業に提供する」というビジネスを行うことがあります。ここで、利用契約に最恵待遇条件を入れることでデータやノウハウを提供した連携事業者が、その見返りとして、合理的期間に限って、対象領域についてサービス利用料の優遇などの経済的便益を受けることは、一定の合理性を有する(独占禁止法上の問題点がない)場合もあると考えられます(モデル契約書【利用契約書(AI)】:第8条参照)。
今回は、スタートアップとのオープンイノベーションの問題点や、総論としての留意点をご紹介しました。次回は、事業連携指針を踏まえつつ、スタートアップとのオープンイノベーションにおけるNDAの留意点をご紹介していければと思います。
⇒次回(第2回)はこちら
⇒前回「弁護士が解説!知財戦略のイロハ」連載はこちら
⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー
山本 飛翔(やまもと つばさ)
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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