TSN技術をいち早く採用した産業用ネットワーク「CC-Link IE TSN」への期待が高まっている。開発ツールやデバイスなどの投入も進み、いよいよ製品の市場投入が本格化する見込みだ。こうした中で、対応製品やサポートをいち早く展開するメーカーとしては、CC-Link IE TSNに対してどのような期待があるのだろう。ルネサス エレクトロニクス、NXP Semiconductors(以下NXP)の半導体大手2社とCC-Link協会 事務局長の川副真生氏が対談を行った。
スマート工場化が加速する中、産業用ネットワークには製造現場で生まれる多様なデータをより簡単に扱えるようにするニーズが生まれている。こうした中、期待を集めているのが、産業用オープンネットワークとしていち早くTSN(Time-Sensitive Networking)を規格に取り込んだ「CC-Link IE TSN」である。
TSNは、イーサネットをベースにしながら時間の同期性を保証し、リアルタイム性を確保できるようにした、IEEEで標準化されているネットワーク規格である。汎用イーサネットケーブルの物理層はそのままに、時刻同期や優先的に通すデータの制御、リアルタイム性の確保などが可能である。多種多様な制御データだけでなく、工場内でも利用が広がる映像データなども同一ケーブル上で扱うことができ、スマート工場化で複雑化する工場内ネットワークのシンプル化に貢献する。
CC-Link IE TSNは、こうしたTSNの持つ特徴を産業用ネットワーク向けにいち早く取り込み、2018年11月に仕様公開された。2019年からは一部で製品投入が進み始めている。さらに、CC-Link IE TSN対応の開発ツールやデバイスなどの投入も進み、開発環境の整備も進んできている。
それでは、各メーカーはCC-Link IE TSNにどのような期待を寄せているのだろうか。ルネサス エレクトロニクスとNXPの大手半導体メーカー2社と、CC-Link協会(CLPA) 事務局長の川副真生氏の対談を通じ、CC-Link IE TSNへの期待と実現したいことについて聞いた。
ルネサス エレクトロニクスは2013年から産業機器/産業ネットワーク向けプラットフォームとして「Renesas’s platform for INdustry(R-IN)」を展開。CC-Link、CC-Link IE Fieldなどマルチプロトコルに対応する専用LSIなどに取り組んできた。
ルネサス エレクトロニクス インダストリアルオートメーション事業部 システムソリューション部 システムソリューション第2課 技師の菅田浩一郎氏は「CC-Linkファミリー対応チップの採用は、リモートI/Oやセンサー、ステッピングモーターなどさまざまな産業用機器で進んでいます。CC-Link IE TSNについても対応製品をいち早く投入しています」と語っている。
他社に先駆けて2019年11月に発表したCC-Link IE TSN用通信LSI「R-IN32M4-CL3」は、FPU(浮動小数点演算ユニット)機能を搭載したArm Cortex-M4コアと、リアルタイムOSのアクセラレータ、イーサネット通信アクセラレータで構成されるR-INエンジンをはじめ、ギガビット対応イーサネットPHYやイーサネット通信用1.3MB(メガバイト)RAMを内蔵している。菅田氏は「R-INシリーズも第3世代となり、半導体プロセスの微細化も進んでいます。従来シリーズと比べ、35%の低消費電力化、45%の小型化にも成功しています。また、CC-Link IE Fieldにも対応しているため、機器ベンダーは同一ハードウェアを活用し両方のネットワークに対応したデバイスを開発することも可能です」とその価値について述べている。
CC-Link IE TSN対応製品リリース後はアジアを中心に30社以上のベンダーが既に採用検討を進めているという。「製品発表から1年強の期間での出だしは非常に良いと感じています。既に量産に入っているお客さまもいます。また、従来のCC-Linkファミリーの顧客層よりも海外企業からの引き合いが強いことが特徴です。ルネサス エレクトロニクスでは、従来機器ベンダーでの準備が大変だったプロトコルスタックをWeb上で無償公開しており、これらの取り組みも好評を得ています」(菅田氏)と手応えについて語っている。
また、実際に製品開発に携わっている同社 同事業部 デバイスプロダクト課 担当課長の近藤利行氏は「TSNは数年前から注目されてきた技術ですが、実際に活用する話まで進んでいませんでした。導入されるようになったのは、CC-Link IE TSNが登場してからです。対応製品開発の面でもこれは大きな意味がありました。活用が広がれば広がるほど新しい動きも生まれるため、正の循環につながっていると感じています」と考えを述べている。
今後は、CLPAとの協力で半導体製造装置などの製造装置の内部のネットワークの採用に向け機器ベンダーに提案を進めていく。同社 同事業部 システムソリューション部 部長の川嵜圭吾氏は「CC-Link IE TSNの価値は、さまざまなプロトコルのデータを円滑に活用できる点です。大規模な設備を組み合わせて活用するような製造装置では、装置内でも映像や各種制御情報などが複雑に流れており、CC-Link IE TSNの強みが発揮できます。従来のCC-Linkファミリーでは装置間で活用するケースが多かったですが、装置内で活用するニーズも開拓できると考えています。そうなるとチップの省電力化や小型化の価値も生きます」と語っている。
一方、CLPAとしてもルネサス エレクトロニクスとは既に共同セミナーを開催するなどCC-Link IE TSNを協力して普及する取り組みを重ねているところだ。CLPAの川副氏は「既に共同プロモーションなども積極的に進めており、アジアを中心に製品の市場投入の実績作りに取り組んでいます。分野や地域によってはCC-Linkファミリーが挑戦者の立場となる領域もありますが、ルネサス エレクトロニクスとは注力領域や地域も近い部分が多く、これらの共通領域で積極的に取り組みを広げていきたいと考えています」と今後の取り組みについて語っている。
2021年2月25日に新たにCC-Link IE TSNサポートを発表したのがNXPである。NXPでは、従来TSNに対応する製品として主に車載用途を想定したTSNスイッチICの「SJA1105T」を展開してきたが、産業用途でのラインアップを拡充。業界に先駆けてTSNスイッチ機能を搭載した産業向けプロセッサの「Layerscape LS1028A」に加え、2021年から量産を開始した「i.MX RT1170」クロスオーバーMCUや「i.MX 8M Plus」アプリケーション・プロセッサなど、TSN機能をサポートする製品を展開している。いち早くTSN対応を表明したCC-Link IE TSNのサポートを行うことで、産業用ネットワーク領域での採用拡大を目指す考えだ。
「産業用ネットワーク領域は専用チップで展開されるケースが一般的でしたが、NXPではこれらのラインアップを用意していませんでした。次世代の産業用ネットワークで期待されているTSNは標準技術であるため、NXPにとっての新領域として強化に取り組んでいます。ただ、TSNに対応したハードウェアだけがあっても、具体的な用途に落とし込まなければ、利用は広がりません。その意味で、いち早く産業用ネットワークでTSNに対応したCC-Link IE TSNの意義は大きいと考えています」とNXPジャパン エッジ・プロセッシング製品部 マーケティング・マネージャの浜野正博氏は語る。
具体的には、NXPの「LS1028A」プロセッサと「i.MX RT1170」クロスオーバーMCUにおいて、ドイツのport industrial automationが提供するCC-Link IE TSNのソフトウェアスタックを実装することで、CC-Link IE TSN通信が行えるようになる。日本ではM2Mクラフトがport industrial automationのソフトウェアスタックの販売サポートを行っている。
浜野氏は「産業分野では同じデバイスを長く使う傾向がありますが、今はまさにスマート化などで大きく技術が変化しています。さらに、TSNなどの革新的な技術要素が登場してきたことで、製品内の構成が大きく変化するタイミングだと考えます。CC-Link IE TSNを中心とした産業用ネットワーク関係はもちろんですが、NXPではマイコンからマルチコアプロセッサまで幅広い製品分野を取りそろえていることが特徴で、さまざまな産業用途に最適な製品を提案できます。また、業界分野としても車載、IoT(モノのインターネット)、産業機器、通信インフラまで、豊富なポートフォリオで製品展開を行っています。これらを生かし、CC-Link IE TSNの普及に必要な新たなモノづくりに貢献していきます」と述べている。
一方、CC-Link IE TSNの普及を推進するCLPA側の立場としても、NXPが持つ幅広いラインアップやグローバルでの供給能力について期待が大きいという。
CLPAの川副氏は「実際にCC-Link IE TSN対応機器の開発が広がる中で、NXPの汎用チップを使いたいというニーズは高まっています。また、同一チップに複数のプロトコルを搭載するようなニーズも高まっており、汎用チップの役割はますます大きくなると考えています。さらに、開発もグローバルに広がっており、日本やアジアで強いCLPA、欧米で強いNXPのように、それぞれの強みを生かしたプロモーションなどにもつなげていきたいと考えています」と語っている。
さらに、中長期的には、新たなアプリケーションでの展開も共同検討していく考えだ。「CLPAでは、無線やセキュリティに関するワーキンググループも立ち上げて新たな技術への対応を進めています。NXPの持つ幅広い製品ポートフォリオを生かしながら、一緒に課題解決に取り組みたいと考えています」と川副氏は述べている。
ここまで見てきたように、「CC-Link IE TSN」は、新たな市場を切り開く意味で、各メーカーからの期待も大きい。TSN技術は早くから期待を集めていたものの、産業用ネットワークとしていち早く仕様に組み込んだのが「CC-Link IE TSN」であるからだ。新技術の普及環境を作り出す点でその意味は決して小さなものではない。
ただ、技術の普及は、普及団体だけで行えるものではない。用途やデバイス、開発ツールなどさまざまな技術が必要となり、協力して1つ1つ市場を作り出していくことが求められているのである。スマート工場化により、工場内で使う機械なども大きな変化の局面を迎えている。川副氏は「現在はモノづくりそのものも大きな変化を迎えています。賛同頂ける各企業のご協力のもとオープンな形でCC-Link IE TSNの普及を広げていきたいと考えています。今後はさらに市場に出る製品を1つでも増やしていきたいと考えています」と抱負を述べている。
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提供:一般社団法人CC-Link協会
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2021年6月9日