工場の自動化を支え続けてきたCC-Link協会(CLPA)は2020年、設立20周年を迎えた。そこで20年の歴史の中でのモノづくりの変化とこれから求められることについて、全4回の連載で紹介していく。第1回となる今回は、東京大学 名誉教授でCLPA 最高顧問の木村文彦氏による「製造業を変革するスマート工場の実現とCLPAの役割」についての寄稿を紹介する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)など世界の“不確実さ”が高まる中、工場の在り方はどうあるべきか――。こうした新たな課題に直面する中、工場の自動化を支え続けてきたCC-Link協会(CLPA)は2020年に設立20周年を迎えた。20年の歴史の中で世の中の変化をどう捉え、これからのモノづくりをどう導くのか。本シリーズでは4回の連載形式で「CC-Link協会のこれまでとこれから」について紹介し、モノづくりの在り方を読み解く。
第1回となる今回は、東京大学 名誉教授でCLPA 最高顧問の木村文彦氏による「製造業を変革するスマート工場の実現とCLPAの役割」についての寄稿を紹介する。
21世紀に入り、デジタル化の急速な進展や、生産活動のグローバル化、新興国の参入などにより、製造業の姿は大きく変化してきた。さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)まん延による環境の激変が加わり、潜在的に存在していた多くの課題が一気に顕在化して、“ニューノーマル”と呼ばれる将来を見通せない時代を迎えている。
製造業が目指す方向として、以前から追求されてきた製品機能・品質やコストの競争力のみならず、予見できないリスクに対する耐性・適応性(レジリエンス)の向上が大きな課題となってきた。COVID-19を受けて具体的には、グローバルなサプライチェーンの途絶、グローバルな人の移動の制限、生産活動における人の参加の制限など、さまざまな形で顕在化した。
これらの課題は、従来、災害対応や地政学的な問題、労働人口の問題として一般的な対策の一環で取り組まれてきたが、短期的な利益を追求する姿勢での対応は鈍く、十分な成果を上げていなかった。それが、一気に顕在化してきたというのが実情であろう。この変化はCOVID-19をきっかけとしたものの、今後長く続くであろうと考えられており、これを機会として、製造業の長期的な構造変革が強く求められている。
上記の状況に対応するためには製造活動の根本的な革新が必要であり、その基本は、デジタル的思考に基づく製造活動プロセスの徹底した「デジタル化」である。ここで示すデジタル化とは、従来のプロセスにコンピュータを導入して効率化を図ること(デジタイゼーション)ではなく、活動の目的を基にあるべきプロセスを白紙から体系的に構築し、デジタル思考によりそれを実装していくこと(デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーション)を意味している。
今までの製造活動は、単純化して言えば、製品企画・設計や生産・工程計画など「製造のための情報資産」と、製造設備や作業者・技術者など「製造のための物理資産」が、緊密に一体化されて考えられており、それにより高度な効率化を実現していた。それが日本の強みであったが、このような状態では、工場の閉鎖やサプライチェーンの途絶などのように、突発的な事情で物理資産の一部が利用できなくなったときに、代替資産に切り替えることは容易ではない。この課題は以前から良く認識されていたが、現実には対応が先送りされてきた。
基本的な対応策として、物理世界と情報世界の関係を明示的に扱うCPS(サイバーフィジカルシステム)の概念に基づくモデルベースドアプローチが提案されている。図1にその概要を示すが、要点は以下のとおりである。
物理資産とその情報モデル、その情報モデルと製造活動プロセスのモデルについて、インタフェースを明確にして、包括的なセマンティックインターオペラビリティ(※)を確立できれば、環境の変化に対応して製造システムの妥当な再構築が可能となりレジリエンスが向上する。ただ、実用的な形でこれらを実現するには多くの困難な課題があり、今後の研究開発が必要である。基本的な技術として、後述するオープンで標準化された情報ネットワークは重要な要素技術であり、今後のさらなる活用が期待されている。
(※)セマンティックインターオペラビリティ:2つのシステム間で、お互いのデータを交換し、その意味を正しく理解できること
製造技術を基にして、上記のような物理資産の情報モデルが整備されれば、産業構造を転換するような製造業の将来が見えてくる。図1に示すように、デジタル化の時代において、あらゆる産業活動や社会活動は、製造業が作り出す人工物を介在として連携し、新しい活動領域を生み出して、われわれの生活を革新していく。スマートシティーにおける電気自動車(EV)を活用したスマートモビリティやインテリジェントエネルギーマネジメント、医療・福祉や農業の革新など、止まるところを知らない。
これらを可能とする基盤は、あらゆる物理資産や情報資産を柔軟に組み合わせることを可能とする「オープンで包括的なインターオペラビリティを有するネットワーク環境」である。今後の技術開発が必要ではあるが、各国は競って実現に取り組んでいる。
このような状況でレジリエンスの向上を図りながら、製造業として技術開発や工場の高付加価値性を維持していくためには、今までの方式の改善ではなく、あるべき姿へのイノベーションが強く求められ、現在は「スマート生産」と呼ばれる研究開発が進展している。
イノベーションの基礎として製造活動全体のデジタル化を追求するうえで、活動プロセスや対応する情報についてのさまざまな統合・連携化が重要である。
これらの統合・連携は、計画、実施、メンテナンスや変更など業務のあらゆる領域を通じて必要となるもので、動的に維持・管理される。デジタル化以前では、組織体の枠に縛られていたが、あらゆる物理資産や活動のプロセスが情報化されれば、組織体の枠を超えた柔軟なネットワーク化が可能となり、従来とは異なる企業間連携活動も可能となる。製造現場でも、隅々まで情報ネットワークが張り巡らされたスマート工場が急速に現実化し、工場内での統合・連携の進展のみならず、開かれた工場として、他工場との直接的な連携により大きな効果が生まれることが期待されている。
物理資産とその情報モデルにより物理世界の情報を十分に収集し、AIあるいはデータサイエンスなどを駆使してデジタル化された生産関連資産を最適に活用することにより、変化する環境に対応して高付加価値性を維持することができる。コストの制約から漫然と人手に頼っていた定型工程にも、人手の確保が困難になってくることから、工程や対応する製造設備の根本的な再構築と環境変化に適応できる高度な自動化による格段の生産性向上が可能になる。
このような生産革新の基礎は、物理世界と情報世界を緊密に結び付ける情報ネットワークである。「スマート工場化」の標語の元に、工場内情報ネットワークの開発は着実に進められ、スマート生産の基盤として最も整備されたものとなっている。 長い開発の歴史を経て、さまざまな工場ネットワークが開発され、その目的や要求に応じて使い分けられてきた。
しかし、近年は、生産設備が高機能化し、対応する生産ソフトウェアとの情報のやりとりも複雑化して、ネットワーク機能やそのインターオペラビリティへの要求も高度化している。ネットワークに結合される装置間では、モーションコントロールのようなリアルタイム性が要求される情報から、画像を含む監視データのような大容量の情報まで、さまざまな特性の情報がやりとりされる。これらを同時に扱うのは従来難しかったが、可能ならば同一のネットワークで同時に混在して扱いたいというのがあらゆる製造現場の要望だといえるだろう。
また、技術は急速に進化していくため、情報ネットワークも迅速かつ容易に技術進化に適応していけることが重要である。そのためには、スマート工場の情報系は、できるだけシンプルでオープン、かつ標準化されていることが望まれる。加えて、生産環境が急激に変化する状況では、工場内機器の再構成や交換が頻繁に起きることが予想される。無線化の実現や「プラグ&プロデュース」の概念に基づき、現場作業でできるだけ対応することが望まれている。
こうした要求に対応できるスマート工場のための情報技術や通信ネットワーク技術などは活発に研究開発され、実用化されてきている。一方で、適用できる技術があるにもかかわらず、それらが十分に活用されていないことも大きな課題である。人の考え方(マインドセット)はなかなか切り替わらず、あるべき姿へのイノベーションへ踏み切れない。新技術の効用を共有し、将来の方向を示すユースケースを構築して、投資を促していく活動が必要である。
CC-Link IE TSNは、前述したようなこれからのスマート工場の通信ネットワーク要件に対応でき、スマート工場実現の重要な要素技術の1つだといえる。その効用を共有し、普及を加速するためには、CLPAによるさらなるオープン化へ向けた活動が重要である。
CLPA発足時の20年前を振り返ると、現在に至るまでのネットワーク技術や情報環境の画期的な発展に改めて驚かされる。しかし、工場のスマート化は発展途上であり、さまざまな理由により「できるけれどもやっていない」ことは多い。 “ニューノーマル”時代において今後「できることをやっていく」ために、これまでの20年の歴史と経験を踏まえてCLPAが果たすべき役割は大きい。
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提供:一般社団法人CC-Link協会
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2020年12月17日