今後の世界への見方としては「あくまで私見」(小川氏)としつつ、先進国における人口減少社会の到来により、右肩上がり成長から定常社会への移行が始まるとしている。「労賃の安い国や人口の増える市場というフロンティアを求め続けるやり方は限界ではないか」(同氏)。そういった縮小/定常化の時代が進む中で、大量生産大量廃棄から循環型に対応するためのESG(環境、社会、ガバナンス)経営を重視していく必要があり、今後パナソニックが発表する施策の中で具体化していく方針である。
企業が解決を求められる社会課題としては「エネルギー」「食料・水」「地域やケアを含むコミュニティー」の3つを挙げた。小川氏は「コロナ禍は、生きていくためにエッセンシャルなものは何かを問われる機会となった」と語る。
これらの課題に対しては解決のための「答え」が求められるわけだが、小川氏は「素早くスマートに答える競争から、良質の問いを抱え続けられる能力の時代に変わっていくのではないか」と訴える。これは、同氏が仕事観で重視する「問いを立てるための方法論を学ぶ」にも通じている。
小川氏は「知的な肺活量がどれくらいあるかという表現もあるが、どうしていいか分からないときどうするのか。そこで、仕事観でも挙げた『“考え方”についてとことん“考える”』という営みとして『哲学』が必要になると考え、構造構成主義や現象学などについて学ぶようになった。また、何かを判断するときの規矩になるのは『身体』ではないかと考えている」と述べる。
パナソニックがこれから創る価値については、やはり「あくまで私見」(小川氏)と断った上で、多様性を価値に転換していくことの重要性を訴えた。「コングロマリットディスカウントを指摘されることも多いが、さまざまな事業を手掛けるパナソニックの多様な顧客との接点を価値に転換していくことでユニークなポジションを得られれば」(同氏)。そのためには、これまでのプロダクトデザインからプロセスデザインやコンテクストデザインへ移行するための顧客と一緒になった価値創出や、垂直統合と水平分業を組み合わせたネットワーク型のプロジェクトを素早く組成するようなビジネスモデルが必要になるという。
会見後の質疑応答では、今後研究開発で重視する分野として、これまで続けてきたデータを価値に変えるための取り組みに加えて、エネルギーや環境などを挙げた。エネルギーとの関連では、トヨタ自動車とのリチウムイオン電池事業の合弁で学んだトヨタ生産方式の成果を、工場でのさまざまなモノづくりに展開できるという。「ある生産ラインでは面積生産性が2倍になった例もある。パナソニックとしてまだまだ学ぶことが多いと感じさせられた」(小川氏)。
また、パナソニックに不足しているものとして、家電のような3〜5年の期間で開発する製品が得意な一方で、10〜20年の仕込みが必要なインフラ系や、逆に1〜2年以内のスピード感を持って対応する必要のあるIT系への対応力を挙げた。
2022年4月をめどにパナソニックは持ち株会社制に移行するが、その際には研究開発の体制も大きく変わることになる。小川氏は「2002年の事業再編で14ドメイン制に移行する以前は、独立会社がそれぞれ独自の研究開発を行っていた。今回の持ち株会社制は各事業会社の“専鋭化”を目的としているので、研究開発は以前の体制に戻るイメージもある。ただし、有望だが実用化時期が明確ではないため事業会社で開発を担いきれない技術や、各事業会社の共通基盤となるような技術は持ち株会社で対応していく」と説明する。
小川氏が、何かを判断するときの規矩として挙げる「身体」は、製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の鍵ともされるサイバーフィジカルシステムの「フィジカル」に当たるものだ。パナソニックも、「サイバー」よりも「フィジカル」の分野を得意としている。「当社がフィジカルに強みがあるのは確かだ。人の振る舞いをデジタル化する『デジタルヒューマン』の研究開発も行っており、これを活用してサービスを作るなどして、サイバーフィジカルシステムの中でも役立てられるのではないか」(同氏)としている。
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