ポルシェが持ち込んだのは小排気量エンジンとターボチャージャーを組み合わせたダウンサイジングエンジンだ。2014年シーズンから投入した「ポルシェ919ハイブリッド」には排気量2.0l(リットル)のV型4気筒直噴ターボエンジンを採用。当時、ポルシェは「これまでに作った中で最も効率的なエンジン」と呼んだ。
ダウンサイジングエンジンの特徴は、排気量や気筒数を減らして機械損失を低減、燃料消費量を抑えながら、ターボチャージャーやスーパーチャージャーといった過給機でパワー不足を補う点にある。919ハイブリッドではこのダウンサイジングエンジンに2種類のエネルギー回生システムを組み合わせた独自の駆動コンセプトを採用。ポルシェはこの919ハイブリッドで2015〜2017年のル・マンを3連覇。メーカー別勝利数でトップとなる19勝を達成している。
ところがポルシェのWEC/ル・マン参戦もわずか4年で終わりを告げる。2017年シーズンをもってWECから撤退し、2019年から電動フォーミュラカーによる「フォーミュラE」に参戦することを決めたのだ。同じVWグループのアウディも、2016年にWECを撤退して2017年からはワークスチームとしてフォーミュラEに参戦している(なお、アウディは2021年シーズンでフォーミュラEへの参戦を終了する)。電動化の流れがモータースポーツ業界にも着実に押し寄せていることを実感させる、撤退劇だった。
トヨタは2012年にハイブリッドマシン「TS030ハイブリッド」を開発、13年振りにWEC/ル・マンに復帰した。「THS-R(TOYOTA Hybrid System-Racing)」と名付けたレーシングハイブリッドシステムは、排気量3.4l(リットル)のV型8気筒の自然吸気(NA)ガソリンエンジンと、約300馬力を発揮するモーターで構成。エネルギー効率が高く、電力の回収を大量にかつスピーディーに行える電気二重層キャパシタ「スーパーキャパシタ」と組み合わせた。
THS-Rは年々進化を遂げた。2014年シーズンにおける車両規定の改定を受けて開発した新型マシン「TS040ハイブリッド」では、サーキット1周当たりに放出できるエネルギー量として6MJ(メガジュール)を選択(2MJ、4MJ、6MJ、8MJから任意の最大放出エネルギー量を選択することができた)。ハイブリッドシステムは480馬力を発揮した。これに520馬力を絞り出すNAエンジンを組み合わせ、THS-Rは1000馬力を超えるハイパワーを実現していた。
2016年に登場した「TS050ハイブリッド」は、最も大きな技術的進化を遂げた。エンジンは排気量3.7l(リットル)のV型8気筒NAエンジンから排気量2.4l(リットル)のV型6気筒ツインターボエンジンに変更。燃料流量が規制されるレギュレーション下では熱効率の向上が出力アップにつながるため、熱効率50%を目標に開発を進めてきた。蓄電池はスーパーキャパシタに代わり、小型・軽量でハイパワー型のリチウムイオン電池に変更している。
トヨタはこうした改良を積み重ねながらTHS-Rを進化、熟成させてきた。ハイブリッドシステムのみならず空力性能のアップデート、リチウムイオン電池の信頼性向上なども抜かりなく進め、2018年には念願のル・マン初制覇。2019年、2020年も優勝し3連覇を成し遂げている。
これまでWECのトップカテゴリーであるLMP1クラスでは、自動車メーカーが各社それぞれのアプローチで技術競争を繰り広げてきた。来シーズンからは、市販されるハイパーカーをベースにした「ハイパーカー(LMH)規定」が導入されることが決まっている。トヨタGAZOO Racingヨーロッパは2021年1月11日に新型レーシングカーを発表する予定だ。
そして、2016年シーズンをもってWECから撤退していたアウディがスポーツカーレースに復帰することが明らかになった。ル・マンを主催するACO(フランス西部自動車クラブ)と、米国のウェザーテック・スポーツカー選手権を運営するIMSAによって作られた新たなクラス「LMDh」に復帰する計画で、現在、集中的な準備を行っているという。2022年からはWECのハイパーカークラスに、このLMDh規定のマシンが参戦可能になる予定で、トヨタとアウディが再びル・マンの地でしのぎを削ることになる。
現在、欧州市場ではCO2排出規制が強化され、環境対応は自動車メーカー各社の重要な経営課題となっている。モータースポーツ活動もまた同様だ。ACOは、2020年の大会期間中に燃料電池車(FCV)の新型プロトタイプカー「グリーンGT H24」を初公開。次世代に向けた自動車技術開発に取り組む姿勢を鮮明にしている。
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