JAXAは、開発中の次期主力ロケット「H3」の打ち上げ予定を1年遅らせたことを明らかにした。ロケット開発における最難関であり、「魔物」が潜むともいわれるエンジン開発で大きな問題が見つかったためだ。本稿では、どのような問題が起きたのか、その対策はどうなっているかを解説しながら「魔物」に迫っていきたい。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)は2020年9月11日、現在開発中の次期主力ロケット「H3」の打ち上げ予定を1年遅らせたことを明らかにした。これまで、初号機は2020年度中の打ち上げを目指し、各種試験や製造、組み立てを順調に進めてきたが、同年5月に実施したエンジンの燃焼試験で大きな問題が見つかったという。
土壇場での延期決定に、筆者は驚きはしたものの、あまり「意外」とは思わなかった。ロケットの開発計画は、むしろ予定通り、順調に進むことの方が少ない。2020年は当初、欧州の「アリアン6」や米国の「ヴァルカン」も初飛行を目指していたが、どちらも既に延期されていた。大型ロケットの開発は、それほど難しい事業なのだ。
ロケット開発における最難関はエンジン開発である。その難しさは、「魔物が潜んでいる」といわれるほど。今回、H3ロケットの開発でどのような問題が起きたのか、その対策はどうなっているだろうか。本稿では、それらについて解説しながら、エンジン開発の「魔物」に迫っていきたい。
日本が現在運用中の大型ロケットは、「H-IIA」「H-IIB」ロケットである。これまでに、H-IIAは42機、H-IIBは9機の計51機が打ち上げられており、その中で失敗はH-IIAロケット6号機の1回のみ。極めて信頼性の高いロケットに仕上がっている。50機を超えるほどのロングセラーは、日本の宇宙開発では前例がなく、傑作機と言って間違いないだろう。
しかし、世界情勢が変わっていく中で、大きな足かせとなってきたのがコストの問題だ。官需頼みでは、衛星の打ち上げは年に2〜3回程度しか期待できず、それでは国内の宇宙産業を維持していくことが難しい。不足する分は、商業衛星の打ち上げ市場に活路を見いだすしかないのだが、H-IIA/Bは長らく苦戦が続いていた。
海外では、既に第1段の再使用を実現し、圧倒的なコスト競争力を持つ米国のSpaceXが台頭。商業衛星の打ち上げでシェアトップの「アリアン5」は、次世代機に代わろうとしている。このような強力なライバルがいる市場に食い込んでいくには、H-IIA/Bのコストダウン程度ではとても太刀打ちできず、設計思想から変えた新型ロケットが必要になる。
それが後継機のH3ロケットである。H3のコンフィギュレーションとしては、固体ロケットブースター(SRB-3)の本数が異なる「H3-30S」「H3-22S」「H3-24L」の3種類を用意。これで、現行のH-IIA202型(ブースター2本)、H-IIA204型(同4本)、H-IIBの打ち上げ能力を全てカバーする予定だ。
見比べてすぐに分かる大きな違いは、H3ロケットには、ブースターなしのコンフィギュレーションがあることだろう。この場合、メインエンジンは3基に増えるものの、ブースター2本を不要とすることで、コストを削減。このH3-30S形態では、太陽同期軌道に4トン以上の打ち上げが可能で、コストは約50億円と、H-IIAから半減できる見込みだ。
ただブースターをなくすには、ブースターが補っていた分の推力を、メインエンジンだけで出す必要がある。H3では、エンジン1基当たりの推力は150トンと、従来の1.4倍に増やすことが求められ、これが技術的には非常に大きなチャレンジだったのだが、このことについてはあとで触れたい。
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