認定型エンジンでは、7回目の燃焼試験までは問題なかったのに、8回目で2つの問題が同時に発生した。普通であれば関連が疑われるところだが、上記のように調査結果はそれを否定しており、JAXAは「たまたま同時に表面化しただけで因果関係はない」と見ている。そのため、2つの問題に対しては、それぞれ対策を実施する。
燃焼室の問題については、まず冷却を強化する。内壁はもともと、水素を噴射するフィルム冷却を行っていたが、その噴射量を増やすという。さらに、起動・停止のパターンを見直し、内壁の温度上昇を抑制する計画だ。
そしてFTPの問題については、タービンの設計変更で対応する。動翼の枚数と形状を変えることで、通常の運転領域で共振が発生しないようにする予定だ。
FTPは、中心のタービン、インペラ、インデューサが、約4万1000rpmという速さで回転する。このように高速回転が伴う装置では、必然的に共振の問題が発生しやすく、昔から多くの技術者を悩ませてきた。シミュレーション技術が発達したとはいえ、流体の挙動は複雑でまだ完全に模擬することは難しく、実機で試さないと分からないことも多い。
実際、このFTPでは、2019年5月に実施した実機型エンジンの燃焼試験において、既に共振の問題が発生していた。初号機の打ち上げが翌年度に迫っていたことから、JAXAは計画を変更。初号機に搭載するタイプ1エンジンでは、暫定的に共振領域以外での運転をすることとし、2号機以降のタイプ2エンジンにおいて、共振領域そのものを排除する抜本的対策を行う予定だった。
しかし今回、これとは別に、また新たな共振が起きてしまった。そのため、当初計画していたタイプ1はキャンセルし、1年をかけて、初号機のエンジンから抜本的な共振対策を盛り込むこととした。
共振は実機型でも認定型でも発生した難問なわけで、本当にこの対策が1年で完了するのかは気になるところだ。しかし今回、JAXAが「できる」と判断した背景には、問題発生後の8月に初めて実施した「翼振動計測試験」の成果に手応えを感じていたことがある。
この試験は、FTPの動翼にひずみゲージを貼り付け、FTPを単体運転した状態で振動を直接計測するという画期的なもの。ロケットエンジンとしてはおそらく前例がなく、少なくとも日本で実施したのは初めてだという。運転状態で実際に何が起きていたのか、詳細に知ることができ、想定していなかった共振が発生していたことを突き止めた。
この共振は、当初のシミュレーションでも分かっていなかったことだが、現象として明らかになったことで、これをモデルにフィードバックすれば、シミュレーションをさらに高度化できる可能性がある。今後につながる、非常に大きな成果だといえるだろう。
ロケットエンジンは本質的に難しい。内部には超高圧の燃焼室を抱え、さらに超高温と極低温が同居しており、温度変化も大きい。そしてターボポンプのように、超高速回転する装置まである。過酷な運転をする複雑な装置なのに、一度打ち上げてしまえば、途中で故障しても停まって修理するわけにはいかず、極めて高い信頼性が求められる。この難しさが、まさに「魔物」の正体だ。
ただ、LE-9では、シミュレーションの高度化や、要素技術の先行実証などを通し、魔物が潜める領域は確かに狭くすることができた。今回は、それでも魔物に足をすくわれてしまったわけだが、翼振動計測試験などにより、さらに知見は深まったといえる。地道ではあるが、こうした取り組みを続けることで、魔物が潜めそうな場所をどんどんなくしていくしかない。
大型ロケットエンジンの新規開発には、10年規模の長い年月がかかる。H3ロケット プロジェクトマネージャの岡田匡史氏は、若手の頃、H-IIA/Bの前世代である「H-II」ロケットの開発において、第1段エンジン「LE-7」のターボポンプで試験を担当していたという。日本独自の打ち上げ手段を今後も持ち続けるためには、世代交代で経験を断絶させないよう、開発を継続していくことが何よりも重要である。
その一方で、LE-9には、さらなる積極的な改良も期待したい。宇宙は伝統的に、信頼性を重視する分野である。問題がなければ実績があるものを使い続ける傾向が強いのだが、SpaceXはまるでソフトウェアのバージョンアップのようなスピード感で改良を続け、確固たる競争力を築いた。改良には、新たなリスクを生み出すという危険性もあるものの、それがH3ロケットを長く使っていくことにつながるのではないかと思う。
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