では次に、μ10について見ていくことにしよう。
μ10の直径は10cm。推力は8mN(初号機)/10mN(はやぶさ2)と非常に小さいものの(1円玉1枚にかかる重力程度)、長時間運転し続けることで、最終的により大きな加速を得ることができる。はやぶさシリーズには、計4台のμ10が搭載されていて、最大3台の同時運転が可能となっている。
μ10は推進剤にキセノンガスを使用する。前述のように、キセノンガスをまずプラズマ化する必要があるのだが、μ10の大きな特徴は、プラズマ化するのに「マイクロ波放電式」という、日本独自の方式を採用していることだ。
これは、適切な磁場とマイクロ波を与えることで、共鳴した電子が加速、その高速電子が次々とキセノン原子に衝突することで、電離が進行するというもの。従来のプラズマ化では一般的に放電電極が使われており、この損耗が長寿命化の妨げになっていた。マイクロ波放電式はこの放電電極が不要になるので、長寿命化させやすい。
初号機におけるμ10の実績は、累計の運転時間が約4万時間。これは当時の世界記録で、長寿命という特徴を実証した形となった。ただその後、米国の探査機「Dawn」が、5万時間以上の運転時間で記録を更新。西山氏によれば、「諸外国もいろいろ改良している。今はマイクロ波が長寿命とは一概に言えない状況」だという。
キセノンイオンを加速するのに使われるのが、カーボン複合材製のグリッド(電極)だ。上流側から、スクリーン(+1500V)、アクセル(−350V)、ディセル(−30V)という3枚のグリッドが並んでいて、開けられている1000個近い穴から、1850Vの電位差(スクリーン−アクセル間)で加速されたキセノンイオンが放出される。
μ10には、キセノンイオンを放出する「イオン源」の隣に、小さな「中和器」が設置されている。キセノンイオンだけ放出すると、残った電子により、探査機がマイナスに帯電、放出したキセノンイオンと引き合い、ブレーキがかかってしまう。これを防ぐため、中和器から電子を放出して、電気的に中和するわけだ。
電子のみを真空中に取り出すのは難しいため、中和器でもキセノンを使用。これをプラズマ化して、マイナスの電界を与えることで、電離した電子を追い出しやすくしている。一方、キセノンイオンは、中和器内部の壁面に衝突したときに電子を受け取り、再び中性のキセノンに戻る。これを繰り返す。
前述のようにμ10は4台搭載するが、同時に運転させる必要があるのは最高3台。それなのに4台搭載しているのは、1台壊れても問題無いよう、冗長性を確保しているからだ。グリッド用の高圧直流電源は信頼性が高く、3台ジャストしか搭載していないため、高圧直流電源とμ10の間にはスイッチが置かれ、接続を切り替えられるようになっている。
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