ヘリウムの輸入依存率が100%の日本。さまざまな産業や研究機関で広く利用されているが、近年のヘリウムに関連する情勢は厳しさの一途をたどっている。東京大学 物性研究所は、国内に約40カ所ある研究機関併設のヘリウムリサイクル設備を活用した産学連携リサイクルでこの厳しい状況の打破を目指している。
日本のヘリウム事情は、輸入元となる国や地域の情勢、ステータスの影響を受けやすい。その理由は単純で、輸入依存率が100%だからだ。このため、日本は何度もヘリウム不足の状況に直面している。世界的なヘリウムの市場在庫も、日本国外でのヘリウム需要の急増から著しい減少傾向にあり、当然ながら堅調な値上がりが続いている。
ヘリウムの値上がりは需要増に対して採取量を増やしにくいことが影響している。ヘリウムは、ヘリウムを含む天然ガス田から数%抽出する方式で生産されているが、採算性に見合う条件が整った天然ガス田は少ない。産出国は米国、アルジェリア、カタール、ロシア、ポーランドに限られている。
このような状況下で、世界生産量の約60%を占める米国が2021年には国外への販売を停止予定だ。次いで、同約30%を占めるカタールは、周辺国との情勢不安に陥っている。さらには、ホルムズ海峡周辺の緊張状態により、船便の遅れが目立ち始めるなど、先行きは不透明だ。
ヘリウムが利用されているのは、軽く、不活性であり、熱伝導性が高く、沸点が最も低い物質でありつつ、安全性も高いことに理由がある。そして先端技術分野では、液体ヘリウムの沸点が4.2Kと極めて低く、超伝導磁石の超伝導状態の維持などに必要な絶対零度に近い極低温を容易に実現できることが大きい。
ヘリウムは、街角で見れば(昔ほどではないが)バルーンや風船、医療分野では超伝導磁石を用いるMRIや医薬品開発、産業分野では半導体や光ファイバーの生産、リークテストなどで用いられている。研究分野であれば、先述した極低温を用いた物性研究を行っている極低温工学を筆頭に、宇宙関連、MRIと同様に超伝導磁石を用いる量子コンピュータなどがある。
慢性的なヘリウム不足は、研究分野だけでなく、産業分野への影響も大きくなる。そこで、東京大学 物性研究所は、ヘリウムの使用後に大気中へ排出している企業との連携を視野に、まず大学・研究機関間でのリサイクルを支援できないかと検討を始めた。
ヘリウムリサイクル設備の導入には、数億円のコストや高圧ガス保安法への対応といった高いハードルがある。装置や使用形態によっては、後付け実装が難しく、また技術者の育成にも時間がかかる。
一方で、大学や研究所などの研究機関には既にヘリウムリサイクル設備がある。東京大学 物性研究所のヘリウムリサイクル設備は、研究室などでの利用で蒸発したヘリウムを専用配管で回収し、低温液化室で精製、液化してから再び研究室に提供する仕組みで、回収率は約90%。回収しきれない10%の不足分を外部調達している。
ここからは、東京大学 物性研究所のヘリウムリサイクル設備をフォトレポートで紹介しよう。
なお、東京大学 物性研究所によれば、国内の大学や研究所で規模の差はあるものの総計約40カ所に同様のリサイクル設備があり、それらを利用すれば産業分野との連携が可能ではないかという考えだ。また、企業が自社にリサイクル設備を導入したいと考える場合も、連携先となる研究機関側が有する回収や再利用のノウハウを提供することで、導入がより容易になることもポイントといえる。
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