さて、製造業におけるデジタルツインの価値というとどういうものがあるでしょうか。特に期待されているのは、製品ライフサイクルを通じた追跡と、そのフィードバックということがあると考えます。
従来の製造業では、分業制が進んでおり、設計開発部門は設計開発だけ、製造部門は製造だけ、アフターサービス部門はアフターサービスだけで、作業が完結していました。そのため、例えば、設計開発した機能や形状が本当に使われているのか、使いやすいものなのかというのを直接確かめる機会は限られていました。
しかし、IoTにより製品の使用状況などの情報が、常にデジタルツインとしてサイバー空間のモデルと同時に再現される環境になれば、どのように使われているのかというのが把握でき、データとして蓄積できるようになります。これにより具体的な使用状況に基づいた設計品質における改善サイクルを回すことなどが可能になります。
こうしたサイクルを実現することを想定すると、従来型の個々の工程に合わせた個々のシステムだけでは適応できなくなり、そこでここ最近の製造ITベンダーは軒並みこうしたシステム個々のデータを一元的に管理する「プラットフォーム」を訴えるようになっているのです。また、プラットフォームの機軸となるソフトウェアにはさまざまな選択肢がありますが、既にデジタル側での外形データであるCADデータを一元管理するPLM(Product Lifecycle Management)システムなどがあらためて見直される動きが広がっているのも、こうしたプラットフォーム化の影響があるといえます※)。
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さらに、デジタルツインの最も大きな価値はシミュレーションということを先述しましたが、その流れから今大きな注目を集めているのがCAE(Computer Aided Engineering)です※)。構築したデジタルツインモデルに対してシミュレーションを行うことで、物理世界における試作なしに、新たな開発などが行えます。ただ、物理世界を完全に反映するには、まだまだ足りません。さらに数多くの物理モデルの構築とそのシミュレーション手法の確立が必要になります。CAEはここ10年で格段に進歩していますが、このデジタルツインにおける仮想世界での開発がさらに広がる見通しであることから、これらの新たなCAEソフトや企業などを大手ベンダーが買収する動きが加速しているというわけです。
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もう一歩話を進めます。デジタルツイン化が進むとどういう世界になるのかというと、「モノ」による価値の大部分が「データ」で説明できるようになります。そうなると「モノを売る」ということにあまり意味がなくなり、「価値を売る」という「モノからコトへ」のビジネスモデル変化が進みます。つまりデジタルツイン化は「製造業のサービス化(サービタイゼーション)」の土台になるものなのです。
サービス化の例としては、既によく知られているものとして、GEやロールスロイスなどによる航空機エンジンの事例があります。エンジンを販売するのではなく、そのエンジンの時間ごとの出力に対して課金する「パワーバイジアワー(Power By The Hour)」という仕組みが既に導入されています。これにより、従来は航空機メーカーにモノを納入して終わりというビジネスモデルだったのが、航空キャリアと直接契約するビジネスモデルへと変化しています。さらにここで得られたデータをベースに燃料使用データの分析結果を基に操縦プロセスの変更を行うなどのコンサルテーションサービスなども展開し、新たなビジネス創出にもつながったといいます。
こうしたサービスビジネス化の前提として、製品のパフォーマンス情報が取得できていなければ、実現できません。まずはデジタルツインを構築してこそ実現できるのだといえます。
ここまでデジタルツインの説明をしてきましたが、いかがだったでしょうか。デジタルツインは概念であくまでも明確な定義があるものではありません。しかし、IoTなどの進展により、サイバー空間とフィジカル空間はより密接した関係を作り出せるようになり、そのために“双子”といえるほど、近いモデルを仮想空間に作ることができるようになりました。そして、その“双子”のモデルを有効活用するということがこれからの時代に大きな価値を生み出すと見られているのだといえます。
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