そんな流れに勢いをつけたのが、2013年頃の「メイカーズムーブメント」ではないかと見ています。これは一時的な流行にとどまるどころか、その後のモノづくりの形態に影響を与え続けています。その背景には、無料で使える高機能な3D CADの登場と、家庭で使える廉価な小型工作機への注目がありました。そのおかげで、これまで表に出ることがなかった個人の加工技術や設計技能が不特定多数の目に触れることになり、彼らは「作り手」と呼ばれるようになります。
そして今、この「作り手」たちのタテヨコのつながり=チームワークと、「思い立ったらとにかく作ってみる」というフットワークの軽さ、そして作り手同士の情報共有=ネットワークが、工業製品の開発環境やスピードを変えつつあります。この新たな仕組みの中でフル活用されているのが、iPhoneに代表されるモバイルデバイス、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、設計情報のデジタル化ツール(3D CAD/CAM)や小型工作機械です。
作り手のネットワークがどんなに素晴らしい製品を企画しても、開発して製品化するにはお金が要ります。かつては個人や小規模事業者にとって製品化のハードルはこの開発資金でした。そこで登場したのが「クラウドファンディング」です。この登場によって開発資金調達のハードルはだいぶ下がりました。クラウドファンディングはシンプルで画期的な仕組みですが、テーマの質が良くなければ多くの賛同を得られないし必要な資金は集まりません。だから必然的に「質のいいモノ」が世に出ていくことになります。
こうした動きが徐々に勢いを増す一方で、大手電機メーカーの経営危機が相次ぎ、この先の仕事はどうなっていくのだろうと製造業者には不安が尽きない昨今です。でもこれは契機の訪れで、過去の仕組みや慣習にとらわれないで新しいものを受け入れながら今後の在り方を考える段階だと考えたいです。
これまでの製造業者の立ち位置は、最上位を大手メーカーと位置付けて、上から下に仕事を下ろす「ピラミッド型」の受発注形態の中にいました。しかしここまで述べてきたように、ここ数年の間に業界ではこの縦割りの形態が少しずつ変化していて、上下関係ではなく相互的な形態を作りつつあり、これを機能させるために3D CADやSNSを活用しているのです。
実感はまだ薄いかもしれませんが、今この変動のさなかにいます。この変化を受け入れることは、これからの日本のモノづくりを支える若い人材を育成する意味でも大事なことですから、誰にでも使える機能性の高いツールの需要はこれからますます高まっていくものと思われます。また、メイカーズムーブメントによって、プロの業務用と同等のツールが一般にも浸透し、ユーザーは自分が欲しいものを1人で設計して1人で作ってしまえる時代になってきていますから、この状況がもう一歩進むとプロもアマチュアも専門ジャンルもほぼ関係なく一律に作り手となり、彼らのコラボレーションによる「一気通貫生産の時代」がやってくることも想像されます。これを「個人の趣味の世界」と高をくくっていると、時代に取り残されてしまうかもしれません。
しかし、日本のモノづくりを継承していく上で必要なのは、先端のデジタルツールを使いこなすことばかりではないです。ツールはお道具であり手段だからです。手計算とドラフターで図面を描くよりも3D CADを使う方が早くて便利、プログラムを手組みするよりもCAMを使ってパスを作る方がミスが少なくて便利、――そういうことです。
大切なのは、そこに日本人固有の「数値化出来ない感性や理性」を生かすことで、そうしなければ「MADE IN JAPAN」の独自性を打ち出せません。もともと日本人は外から来るものを拒まず受け入れて独自のモノと文化に育てる柔軟な民族性を持っています。そして元来そこには、日本のアイデンティティーが込められていました。つまり、他国と同じモノを日本で作ってMADE IN JAPANのラベルを貼っても、それは単に「生産国は日本です」という証明にしかなりません。今後さらにモノづくりの形が変わっていく中で、アイデンティティーを表現した本質的な日本のモノづくり「MADE IN JAPAN」を追求することが、私たちの命題であると言えます。
藤崎 淳子(ふじさき じゅんこ)
長野県上伊那郡在住の設計者。工作機械販売商社、樹脂材料・加工品商社、プレス金型メーカー、基板実装メーカーなどの勤務経験を経てモノづくりの知識を深める。紆余曲折の末、2006年にMaterial工房テクノフレキスを開業。従業員は自分だけの“ひとりファブレス”を看板に、打ち合せ、設計、加工手配、組立、納品を1人でこなす。数ある加工手段の中で、特にフライス盤とマシニングセンタ加工の世界にドラマを感じており、もっと多くの人へ切削加工の魅力を伝えたいと考えている。
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