モデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)の権威である、ドイツ・カイザースラウテルン工科大学教授のマーティン・アイグナー氏が来日。欧米の自動車メーカーと比べてMBSEへの取り組みが遅れている日本の自動車メーカーのエンジニアにMBSEの有用性を説いた。
2016年2月、PLMベンダーであるAras(アラス) CEOのPeter Schroer(ピーター・シュローラ)氏とともに、ドイツのカイザースラウテルン工科大学 教授で同大学のバーチャルプロダクトエンジニアリング研究所の所長を務めるMartin Eigner(マーティン・アイグナー)氏が来日した。アイグナー氏は、複雑化する製品の設計開発をより効率的に行える手法として注目されているモデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)の研究で知られている。ドイツ政府が推進するインダストリー4.0関連のプロジェクトでもMBSEの活用を目指している。
アイグナー氏が来日した理由は、日産自動車、ホンダ、マツダといった日本の自動車メーカーのエンジニアにMBSEの有用性を説くためだ。OASISやOMGといったオープンコミュニティーの組織を中心に議論が進んでいるMBSEは、既にDailmer(ダイムラー)やAirbus(エアバス)、General Motors(GM)などで運用の知見が得られている。その事例を示すことで、MBSEの採用を国内にも広げて行きたいという考えがある。
アラスは、アイグナー氏と協力して、同社のPLMツール「Aras Innovator」上でMBSEに対応するための拡張を進めている。MBSEの普及が国内で進めばAras Innovatorの採用拡大のチャンスにもなる。
国内の自動車業界では、車載システムの制御設計などの分野を中心にモデルベース設計(MBD)の普及が進んでいる。ECU(電子制御ユニット)の制御プログラムや制御対象となる車載システムをモデル化することにより、実機を使わずに最適な設計を導き出すことができるのが大きな利点だ。マツダが高い評価を得ている「SKYACTIVエンジン」などは、MBDの導入で早期実現にこぎつけたといわれている。
アイグナー氏は「MBSEとは、デジタルモデルを使う、モデルベースのシステムズエンジニアリングのことだ。システムズエンジニアリングは、ハードウェアであれソフトウェアであれ、システムを開発するためのアプローチ、考え方だが、MBSEによって実践可能になる」と説明する。具体的には、MBDにおけるモデル化の概念を、車両全体の開発やテレマティクスサービスの管理システムなどより広い範囲に拡張しようというのがMBSEだ。
現在、ダイムラーやBMW、Robert Bosch(ボッシュ)、Continental(コンチネンタル)といった欧州の大手自動車メーカー、メガサプライヤは、ソフトウェア領域からMBSEの導入を始めている。「現時点で日本の自動車業界と大きな差があるわけではないが、今後は差が広がっていく可能性がある」(同氏)という。
しかし一言でMBSEに取り組むといっても、それほど簡単なものではない。アイグナー氏は「MBSEでは、エレクトロニクス、メカニクス、ソフトウェアなどのドメインに分かれている開発プロセスをクロスドメインに管理できる環境やエンジニアの能力が求められる。環境という意味ではそのためのツールを整備しなければならないし、エンジニアへの教育やトレーニングも必要だ。どうしても長期投資にならざるを得ない」と語る。
経営陣が投資を判断するには、MBSEの導入によるメリットが明確でなければならない。「MBSEは開発の初期段階で問題を発見できるので、開発コストや開発期間を大幅に削減できる可能性がある。さらに、自動車の機能安全規格であるISO 26262への準拠が容易になることも利点の1つだ」(同氏)という。
アイグナー氏がMBSEの導入で特に重要になるポイントに挙げたのが、要件定義のプロセスである。「テキストベース、紙ベースを好むエンジニアが多いが、MBSEでは、これをデジタルモデルに置き換えてモデルベースにしなければならない」(同氏)とし、「要件エンジニアリング(Requirements Engineering)」の重要性を説いた。
MBDが導入されている車載ソフトウェア、3D CADによる設計とCAEによる最適化を行うメカ部品、電気CADで設計し電磁界/熱分析シミュレーションで最適化するエレクトロニクス部品が既にデジタルモデルになっている以上、要件定義がデジタルモデルになればMBSEは簡単に実現できそうに思える。
アイグナー氏は、これらのデジタルモデルを管理する際のモデリング言語として、UMLやSysMLを挙げる。先述したMBDでは、The MathWorksの「MATLAB/Simulink」が広く用いられていることもあり、それとは異なるUMLやSysMLを新たに学ばなければならないとすれば、MBSE導入の大きな障壁になる可能性もある。ただし同氏は「企業がバックアップし、きちんと段階に分けて進める教育プログラムを組めば大きな障壁にはならない。UMLやSysMLを利用しているIT業界の事例も活用できるだろう」とする。
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