「世界のどこかで災害が起きたとき、サンダーバードのようにハイテク機器を使った部隊が出動して人命救助に当たるのが、私の夢です」とNPO法人 国際レスキューシステム研究機構 副会長の松野文俊氏(京都大学大学院 工学研究科機械理工学専攻 教授)は語る。
1995年の阪神淡路大震災当時、松野氏は神戸大学工学部に在職していた。このとき指導していた神戸大学大学院博士前期課程の1年生、竸基弘(きそいもとひろ)さんが、倒壊したアパートの下敷きとなり亡くなった。
彼は「将来、ドラえもんのような人を癒し、助けてくれるロボットを作りたい」という夢を語っていたそうだ。志半ばで亡くなった彼の遺志を継ぎ、その夢の一部でも実現するために、松野氏は「竸基弘賞」を創設した。竸基弘賞は、レスキューシステムの研究開発に顕著な貢献のあった若手研究者、技術者を表彰し、研究開発を奨励することを目的としている。
松野氏は「生物規範型ロボットと群知能」として、生物の運動知能の理解とロボットによる運動の実現を目的にした研究を行っており、もう1つの研究の柱が「人を助け守るロボットシステム」だ。
災害現場には二次災害の恐れから人が入り込めないエリアが多数あるが、要救助者の位置が特定できれば、レスキュー隊員が速やかに救出活動を行えるケースも多い。すなわち災害発生直後にレスキューロボットへ求められる機能は、要救助者発見を含む災害現場の情報収集である。
1995年には地下鉄サリン事件も起きた。松野氏は大都市の直下型大震災や、地下街やビル内のような閉鎖空間におけるCBRNE災害(Chemical:化学、Biological:生物、Radiological:放射性物質、Nuclear:核、Explosive:爆発物)を想定した防災ロボットの開発を進めてきた。
閉鎖空間は危険性が高く、救助活動にあたる隊員の二次災害を防止するためにロボットに対する期待が高い。松野氏はそうした場面を想定し、オペレーターがロボットを遠隔操縦する際の操作性を向上する一助として、拡張現実を用いて自己を含んた視点を生成するシステムを研究している。
ロボットが撮影した数コマ前の映像に、ロボット自身の画像を合成した映像を作成してオペレーターのモニターへ映し出す。周囲の映像に操縦対象となるロボットが投影された状態であれば、眼前にロボットがいる状態と近くなり、オペレーターの操作性は向上する。ロボットの操縦に余裕が生じれば、周囲の情報に気を配ることも容易になるだろう。
ハードにあたるロボットの開発だけではなく、ネットワークやユーザーインタフェースが融合して初めて、レスキューシステムとして機能する。どれかひとつ欠けても、動かない。重要なのはインテグレーション(統合)であると松野氏はいう。
東日本大震災では松野氏らが研究開発したロボットを現地に持ってゆき、レスキュー隊員と一緒に天井の一部が崩壊した体育館で探索活動をしたり、漁港の水中調査をするなど情報収集に役立てた。ある漁港の水中調査では4日間で32カ所、104のガレキ位置を確認し、地元漁協は調査結果を受けてガレキ撤去を行ったそうだ。
このように災害直後だけではなく、復興・復旧のいろいろな場面でレスキューロボットの活躍シーンがあったという。「街の復興には長い期間がかかる。そうした面も視野にいれてレスキューロボットシステムを検討していく必要がある」と松野氏は語った。
長期的な検討という意味では技術革新も検討に入れるべき要素だ。原発の廃炉には30〜40年かかるといわれているが、これから開発される技術が5年後に実用化され、大幅に期間を短縮するかもしれない。自分たちの世代では処理できない問題であっても次世代のため、技術開発を進めていくことが重要であると考えているそうだ。
また、被災者のメンタルケアも課題の1つとして松野氏は指摘する。ロボットを被災者のメンタルケアに用いる研究も進んでおり、安心安全な社会を構築するためのレスキュー工学において、ロボット開発は工学の視点からだけではなく、医学・心理学とも連携し、発展していくことが望ましいという。
「災害対応ロボットから生まれた技術が、私たちの生活に根差し、日常を便利にしてくれる。ロボット技術を“ロボット"と意識せずに、人間がロボットの存在を感じなくてもサービスを提供してくれる。そんな時代が来ることを期待している」(松野氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.