昨今の経済メディアは、中国撤退、ASEAN転進を盛んに報道するが、米国に関しては、ソフトバンクやサントリーの大型M&Aのような派手な話題しか取り上げない。米国は製造業が衰退した消費大国だという固定観念があるようだ。確かに、労働集約型産業は人件費の安い新興国に敵わないだろう。しかし、人手に依存しない資本装備率の高い企業にとって米国中西部ほどモノづくりに適した場所はないのに誰も興味を示さないようだ。
何より注目すべきなのは、進出企業の現地参入障壁の低さだ。米国のバイヤーは、保守的な日本とは逆に、新参者の挑戦に興味を持つ傾向がある。価格や品質の折り合いが付けば取引してくれる。例えば民生品を考えた場合、流通の寡占化が進み、限られた数の大規模スーパーマーケット、ドラッグストア、ホームセンター・チェーンが流通の大部分を握っている。工場の立地計画段階で彼らに直接売り込み、事前に内諾を得てから工場建設を決めることだって不可能ではない。
零細店舗が多い新興国では自前の流通網構築が困難な壁となって立ちふさがる。しかし、商流が整備されている米国では比較的少ない資金と時間で販売網まで含めた仕組みを構築することが可能だ。しかも、消費者に誇りと安心を与える「Made in USA」は絶大な訴求力があり、価格が多少割高でも受け入れられるという利点もある。
米国は中小製造業に有利な条件がそろい、アジア立地よりはるかにリスクが少ない。下請けから抜け出してBtoC領域に参入したい企業、中国製品に押され、消滅の危機にある地場産業にとって米国進出が最善の生き残り策になるだろう。米国はモノづくり拠点として実は大きなポテンシャルを秘めているのである。以下に米国が工場立地として優れている点を列挙する。
米国は製造業が衰退したわけではない。世界市場をリードする巨大企業が多数存在する。ただ、大企業が生産拠点を海外に移したり、利益率が低いローテク産業が消滅したりしたことで、雇用が大量に失われただけなのだ。もし、ローテク分野を日本の中小製造業が担当するのであれば、雇用や納税などで地元に歓迎され、外資が殺到するASEANよりずっと快適に操業できるだろう。ただし、もし本当に進出する際には、地場産業などを含む中小製造業では、複数の企業が工程を分担して製品を完成させるため、関連する企業がセットで共同進出する必要がある。
例えば、冒頭で触れた美濃焼生産者が米国で日用洋食器を大量生産すれば、輸入品を駆逐できる可能性があると考える。有田地域の同業者などに呼びかけ、複数の産地が一緒に進出すればよい。工程を徹底的に自動化し、大型トンネル窯で昼夜連続焼成すれば、生産コストは大幅に下がる。米国は人口3億人を越す巨大市場であり、日本、欧州への輸出さえ考えられる。しかも、工場を拠点にしてレストラン、富裕層向け日本製高額商品のマーケティングが展開できる。苦境に立つ地場陶業では、今、進出を決断しなければ、国際的ブランドを持ち、賃金が安いスリランカに製造拠点を持つノリタケ以外の窯元は生き残りが難しいだろう。
陶磁器だけでなく、調理器具、プラスチック製品、玩具、繊維、アウトドア用品などの消費財から建築資材まで、価格、品質で輸入品に対抗できれば、何でも参入できる。現地生産は納期が圧倒的に短い。流通在庫の圧縮は納入先もメリットが大きい。「今さら」と思われがちな米国進出は、今だからこそ大きな可能性を秘めているのだ。
一方BtoC製品だけでなくBtoB製品も受け入れられる可能性が高いと見る。輸送・建設・農業機械、航空宇宙産業で部品を輸入しているメーカーがあれば、十分受注のチャンスがある。彼らは、サプライチェーン短縮、JIT部品供給がもたらす利益をよく知っている。鋳造、鍛造、機械加工、金型製造、メッキ、プラスチック成型が有望だ。
地価が安い米国では、閉鎖した工場を更地に戻さず放置することが多い。自動車工場のような物件が取得できれば、建屋を改造するだけで工業団地に転用できる。蒲田、東大阪、三条、今治などの産業振興団体は共同で米国立地を研究すべきだろう。予備調査はJETROに委託できるかもしれない。日米両国に製造・営業拠点を持てば、さまざまなビジネス展望が開けてくる。
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