2、3年前から、デジタルフィットネスという文脈で小型センサーを体に取り付け、人間の活動をセンシングすることで健康管理をしようとする動きが広まった。そしてスマートフォン自身にも加速度センサー、ジャイロセンサーが搭載され、さまざまなアプリケーションが開発されていった。今やセンシングによる行動分析や活動記録は、成熟した技術になりつつある。
これらの背景から「ウェアラブルデバイス」は一気に身近なモノになりつつあった。「JINS MEME」もその流れに乗り「メガネをスマートデバイス化することで新たな機能を生み出す」ことを目指したのが、開発に至った1つの側面だ。
しかし、ジェイアイエヌがMEMEを開発した理由はそれだけではない。MEMEは発表時に目指した用途として「眠気の検出・可視化」に焦点を当てることを明らかにしている。そこには、ジェイアイエヌ社長 田中仁氏の、強い思いがあった。
2012年4月に起こった、関越自動車道高速バス運転事故を記憶している方はいらっしゃるだろうか。群馬県藤岡市の藤岡ジャンクション付近で、高速バスが防音壁に衝突、乗客7人が死亡、乗客乗員39人が重軽傷を負った。車両単体の事故としては近年希に見る、大惨事である。原因は、運転手の居眠り運転であった。運転手は日本語がほとんど話せず、事故前にはかなり疲労していた様子だったという証言が報じられた。この事故の背景はここでは詳しく論じないが、違法労働や不当な雇用条件など、数多くの社会的問題があった。
群馬県は田中氏の地元であり、ジェイアイエヌの本社もある。田中氏は「この惨事を繰り返さないためにも、地元企業として何かアクションできるのではないか」という強い思いがあったという。ここから「居眠りする前に眠気を感知できればこういう事故を防げたのでは」という着想を得て、メガネで目の動きをトラッキングすることで、疲れや眠気を客観的に判断するという方向性が固まっていった。
MEMEをデバイスとして端的に表現すると、それは「眼球の動きを検知するデバイスである」ということがいえる。ではどうやって眼球の動きをセンシングするのか。まず眼球には、眼電位と呼ばれる現象がある。眼球というのは、角膜側がプラス、網膜側がマイナス側に弱く帯電しており、両者の間には電位差が生じている。これが眼電位だ。これを電極を使って測定することで眼球の位置を捉えようというわけである。
MEMEは、メガネの鼻パッド部分に電極が2つある。この電極に対して、プラスに帯電している角膜が接近したか遠ざかったかを、一定のサンプリング周波数で刻んで、ログを取っていく。これで眼球の左右の動きを補足する。上下の動きは、眉間の部分に設置したもう1つの電極と鼻パッド部分の電極により測定する。以上3点の電極によって得られた電位を解析することで、上下左右の眼球の向きが分かり、また時間軸的な視点移動も把握できるというわけだ。
また、これらの眼球の動きが測定できれば、瞬きも検知することができる。人間は自分では意識していないが、瞬きをすると瞬間的に眼球が少し上に上がるのだという。瞬きの頻度や長さといった情報も、状態を知る上で重要な要素になるはずだ。
Bluetoothを通じてこれらの情報をスマートフォンなどの機器に送り、その動きの分析や意味付けはクラウド上で行う。そしてその結果をまたスマートフォンなどの端末に返すというのが、恐らく最終的に一般消費者が利用する際のイメージになる。
まずJINSが最初に着手しようとしているのは、装着者の目の動きから眠い状態にあるかどうかを検出することだ。人は誰でも相手の目を見ただけで、その人が眠そうだということは感じ取ることができる。すなわちそれは「眠い」ことを示すサインが出ているということで、短時間センシングしたデータだけでも判定は難しくないはずである。
次のステップは、人の精神的疲労度を検出することである。眼球の動きを長時間連続してトラッキングしていくことで、状態の変化が分かる。さらにMEMEには加速度センサーとジャイロセンサーも搭載されており、それらのデータを組み合わせることで疲労度が検出できるという考えだ。
そして、この研究を進めていくことで、最終的には喜怒哀楽など感情の動きなども分かるようになるという。MEMEが「自分を見るアイウエア」と名乗っているのは、「自分では気付かない身体的あるいは精神的状態や感情を、客観的に把握することができる世界」という目標を掲げているからである。
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