それでは、コーチングとは何なのでしょうか? まずは、理解しやすくするために、既に多くの企業で実施されているOJT(On the Job Training)との違いを見てみましょう。
OJTは、実際の仕事を通じて、知識や経験を持っている人が、それらを持っていない人に教えるという行為です。教える側が「答え」を持っており、それを伝えていくということです。「上から下に行われる」といったイメージです。
一方で、コーチングは答えを相手に教えることはしません。「その人が必要とする答えは、全てその人の中にある」という考え方が基本です。あえて、言葉でコーチングを定義するなら「相手が本来持っている能力や可能性を最大限に発揮させること」といえるでしょう。OJTとの大きな違いは、相手に教えたり、指示を出したりするのではなく、質問を投げ掛けることで相手の考えを引き出す「質問型のコミュニケーション」であることです。
コーチングを行う上で、理解しておかなければならない考え方が2つあります。コーチングに関連するスキルは非常に多く、それらに関連する情報もあふれています。そのため、スキルさえ身に付ければ、うまくいくと思ってしまいがちですが、コーチングの前提となる以下の考え方をしっかりと理解しなければ、いくらスキルについて学んでもダメなのです。
1と2の考え方は、性善説的な人間観であるといえます。指示・命令型のコミュニケーションには「いかに相手を管理するか」という操作主義的な考え方がベースにあります。「人間は基本的に怠惰だから管理する必要がある」という性悪説的な人間観です。コーチングは、質問型コミュニケーションであると既に説明しましたが、相手には無限の可能性があり、答えは相手の中に眠っているという考え方を前提としているからこそ、質問型コミュニケーションが必要となってくるのです。
コーチングの基本概念は分かりました。じゃあ、どうやって実践すればよいでしょうか?
確かに、これだけでは、どうやってコーチングを実践すれば良いか分からないわね。それじゃあ、次に明日からすぐに使えるコーチングのスキルを教えてあげるわ。
スキルは大好きです!
コーチングに関連するスキルはいろいろとありますが、その中でも重要である3つのスキルが「質問」「傾聴」「承認」です。それでは、まずは「質問」からです。
質問型のコミュニケーションであるコーチングにおいて、「質問」は最も大切なスキルといってもよいでしょう。コミュニケーションが苦手な人は、話すよりも質問する方が簡単だと思うでしょうが、質問は非常に奥が深いスキルです。使い方によって、毒にも薬にもなります。コーチングをする上でぜひ押さえておきたいのが、「拡大質問」「未来質問」「肯定質問」の3つです。
これらの質問に共通しているのが、コーチングの定義として上述した「相手が本来持っている能力や可能性を最大限に発揮させる」ことを目的とした質問であることです。これらの質問の、それぞれ「対」となる質問が図1です。
まず「拡大質問」とは何かというと「質問された人が、すぐには答えられない質問」のことです。「すぐに答えられない=答えることが難しい質問」ということではありません。質問された人が、自分自身に対して問いかけて答えを考える時間が必要ということです。例を挙げると、「あなたが、人生で一番大切にしていることはなんですか?」「あなたは、その経験を通して何を学びましたか?」といった質問が拡大質問です。
一方で限定質問は「質問された人が、すぐに回答できる質問」のことです。答えが1つしかないものや、二者択一で選択するなどが限定質問に当たります。例を挙げると「今朝の朝食は何でしたか?」「読書と映画鑑賞ではどちらが好きですか?」といった質問です。
コーチングで重要となるのは拡大質問です。相手の能力や可能性を引き出すために、相手に気付きを与えて自ら答えを見つけてもらいたいからです。読者の皆さんもそうですが、人から言われて行動するよりも、自分で気が付き行動する方がモチベーションは高くなります。
限定質問は、何かを確認したいときや、選択をさせたい時に有効ですが、相手自身の考えを深めたり、アイデアを引き出したりするには向いていません。もちろん、コーチングで限定質問を使ってはいけないということはありませんが、拡大質問の方が、効果的に相手の思考を深めていくことができ、コーチングには向いています。
次に「未来質問」は何かというと「未来を表す言葉が含まれた質問」のことです。例えば、「これからどうしたいですか?」「どうしたら、その問題を解決できると思いますか?」といった質問です。一方、未来質問の対となる「過去質問」は、過去を表す言葉が含まれた質問です。具体的には、「これまでは、どうしていましたか?」「なぜ、その問題を解決できなかったのですか?」といった質問です。
「結局、同じことを聞いているからどちらでも良いんじゃないか」と思うかもしれませんが「相手の持っている可能性を引き出す」という点では、未来質問と過去質問は異なります。なぜなら「可能性」は未来に関わるからです。
自分が何かトラブルを起こしてしまったことを想像してみてください。その時に、上司から「どうしたら、その問題を解決できるだろうか?」と聞かれた場合と、「なぜ、その問題を解決できなかったのか?」と聞かれた場合では、気持ちにどんな変化があるでしょうか? 恐らく前者の方が前向きな気持ちになりませんか。相手の能力を最大限引き出すためには、相手の意識を過去ではなく、未来に向け、可能性に気付かせることが大切なのです。
最後は「肯定質問」です。これは「“ない”という否定的な言葉を含まない質問」です。一方、否定質問とは「“ない”という否定的な言葉を含んだ質問」となります。比較すると、肯定質問は「どうしたらうまくいくのか?」「何が分かっているのか」、否定質問は「どうしてうまくいかないのか?」「何が分からないのか?」という違いがあります。
未来質問、過去質問と同様にちょっとした表現の違いですが、肯定質問と否定質問を比べてみるとどうでしょう? 否定質問は、責任追求をされているような感じでネガティブな印象をうけるのではないでしょうか。一方、肯定質問からは協力しようというポジティブな印象を受けませんか?
人間誰しも失敗はしたくありませんが、ネガティブなことを聞かれるとそのことが頭から離れず思考が狭まってしまいがちです。そのため相手の可能性を最大限引き出すためには、肯定質問でポジティブに思考を広げてもらうことが大切なのです。
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