私は「デジタルは素晴らしいツール、しかしモノづくりの根源はアナログ感性」と信じている。飛躍的に進化を続ける3次元CAD関連ツールだが、そもそも「次はどんな製品を作ろうか」という「脳内アナログ感性モノづくり」がなければ何も始まらない。アナログの感性なしにはデジタルツールをいくら活用しても意味がないのだ。
こう考えていた矢先に、ちょうど象徴的な話を聞くことができた。旭酒造代表取締役社長の桜井博志氏の話だ。
2013年7月19日に都内でシーメンスPLMソフトウェアの年次ユーザーイベント「Siemens PLM Connection Japan 2013」が開催され(関連記事:シーメンスが描くモノづくりの青写真は、現実と仮想、ソフトとハードをシームレスに結ぶ世界)、私はパネルディスカッションのモデレータとして参加した。その記念講演の講演者が、桜井氏だったのだ。
旭酒造は、銘酒「獺祭(だっさい)」で有名な山口県の酒蔵だ。日本酒が大好きな私にとって桜井氏の講演は、二重の意味で興味深いものであった。
酒蔵には通常「杜氏(とじ)」と呼ばれる酒造りの監督役がいて、工程管理や日程管理などを行う。その年の米の特性、気温変化などに応じてきめ細かい管理を行うのが杜氏の腕の見せ所で、酒蔵にはなくてはならない存在だ。
しかし、旭酒造では杜氏が他の酒蔵に引き抜かれたことがあったそうだ。その時に桜井氏は「杜氏がいなくても同じ品質の酒を造れるようにしよう。そのためには徹底的な数値管理が必要だ」と判断したという。生産工程や設備を大きく見直し、職人ではなく社員で、高級酒「純米大吟醸」だけを造るようにしたという。さらに地元の市場を狙わず、東京・大阪など大都市圏、米国、欧州などの海外に販売する戦略にシフトし、旭酒造を成功に導いた。
講演では酒造りの様子が映像で流されたが、洗米は手作業で行っていた。ただし米の量、水の量、時間などは厳格に管理されている。また酒造りにおいて重要な工程である麹造りは完全な手作業となっていた。室温38度の部屋の中、4人の担当者がまずは酒米に麹菌を振り掛け、米が一粒一粒ばらばらになるように指先で繊細に混ぜ続ける。
これらの工程の中で桜井氏は「酒造りの98%は数値管理できる。しかし残り2%の人間の感性の部分がとても大切なのだ」と強調していた。
やはりモノづくりの神髄は「人間の感性」にあるのだと感じた。桜井氏は「機械化すべきところとそうでないところ」「数値化できるところとできないところ」を見事に切り分けている。これもまた技術に裏打ちされた感性のなせる業なのだろう。
前回も述べたが、今やどんな業種でもITを活用しなければ企業として競争力は伸びないだろう。しかしモノづくりにおいてITを過信したり、頼りすぎてはいけない。
ビッグデータをスピーディに分析し、マーケティングや今後の戦略に生かそうという動きが急速に広がっているが、ITでデータを100%分析し、戦略が遂行できるのであれば経営判断など不要になる。50%や60%のデータ確度でも他社に先んじて判断を下せてこそ、競合に勝てるのである。
日本の中小企業の経営者の皆さん、ITそしてデジタル技術をうまく活用し、明るく楽しい雰囲気の中で社員の能力を生かし、伸ばしていきましょう。そして日本ならではのモノづくりを武器に「グローバル大競争時代」を勝ち抜いて行こうではありませんか!
最後までお読みいただきありがとうございました。
関伸一(せき・しんいち) 関ものづくり研究所 代表
専門である機械工学および統計学を基盤として、品質向上を切り口に現場の改善を中心とした業務に携わる。ローランド ディー. ジー. では、改善業務の集大成として考案した「デジタル屋台生産システム」で、大型インクジェットプリンタなど大規模アセンブリの完全1人完結セル生産を実現し、品質/生産性/作業者のモチベーション向上など大きな効果を生んだ。ISO9001/14001マネジメントシステムにも精通し、経営に寄与するマネジメントシステムの構築に精力的に取り組み、その延長線上として労働安全衛生を含むリスクマネジメントシステムの構築も成し遂げている。
現在、関モノづくり研究所 代表として現場改善のコンサルティングに従事する傍ら、各地の中小企業向けセミナー講師としても活躍。静岡大学工学部客員教授として教鞭をにぎる。
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