MIPSがまず搭載されるのは、NESTRAが中心となり開発を進めている「ほどよし4号」だ。
ほどよし4号は、サイズが50×50×68cm、重さが64kgの超小型衛星。口径15cmという大きな反射望遠鏡を搭載する“リモートセンシング衛星”となっており、超小型衛星ながら、6mクラスの地上分解能を実現する予定だ。
MIPSの役割は、衛星の軌道を変更することだ。打ち上げ直後にも位相調整のために使われる予定だが、特に期待されているのは衛星のミッションが完了した後、衛星がデブリ(宇宙ゴミ)となるのを防ぐことである。
一般に、高度100km以上が「宇宙」とされるが、いきなり真空になるわけではなく、実際には薄い大気が残っている。これが抵抗になり、低軌道の衛星は徐々に高度を下げ、最終的には大気圏に再突入するのだが、高度が高いほど大気が薄いので、なかなか落ちてこない。寿命が尽きて制御できなくなった衛星は、他の衛星と衝突する恐れがあり脅威だ。
ほどよし4号は、リモートセンシング衛星としては一般的な高度600km程度の周回軌道に投入される予定。このくらいの高度になると、落下するまで1000年以上かかるともいわれており、近年の大型衛星では、運用の最後で高度を下げ、25年以内に落下するようにしているのだが、推進系の搭載自体が難しかった超小型衛星では対策が遅れていた。
推進系の能力を表す指標の1つとして、「どのくらい速度を変えることができるか」を示す「Δv」がある。MIPSの場合、推進剤を1kg搭載しており、50kg衛星に対するΔvは240m/s。これほど大きなΔvがあれば、高度を600kmから300kmまで落としてもまだ余裕がある。こんなに自由に軌道を変えられるのは、高比推力のイオンエンジンならではだ。
このくらい低い高度になれば、放っておいても1年程度で衛星は落下する。そのため、高度を300kmまで下げた後は、MIPSの余力を使って高度を維持し、エクストラミッションとして、低高度での観測を実施する。高度が低くなれば、同じ望遠鏡を使っても分解能がそれだけ向上するので、より詳細な観測が期待できるわけだ。
ただし、イオンエンジンを超小型衛星に搭載するためには、小型で、低消費電力で、高性能にする必要がある。超小型衛星の大きさは1辺が50cm程度。小さくないと、搭載するスペースがない。また、超小型衛星の発電能力はせいぜい50〜100W程度なので、それに対し消費電力を十分抑える必要がある。そして、高性能でなければ、そもそも載せる意味がない。
全消費電力 | 39W |
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全質量 | 7.9kg(推進剤1.0kg含む) |
全体積 | 39×26×15cm |
推力 | 300μN |
比推力 | 1200s |
Δv(速度増分) | 240m/s(50kg衛星に対して) |
表1 MIPS(EM)の主要諸元 |
スラスタの小型化については、比較的順調だった。μシリーズの大きな特徴は、プラズマの生成にマイクロ波を利用していることだが、この方法は海外で主流の放電電極を使う方法に比べると、構造がシンプルで小型化には有利だった。小型化に併せて、グリッドの素材をカーボン/カーボン複合材からモリブデンに換えるなどの設計変更も行った。
だが、難しかったのは省電力化だ。イオンエンジンは原理的に“電力食い”である。特に、電源効率の低さが課題で、MIPSのエンジニアリングモデル(EM)では、39Wと消費電力が大きくなってしまっていた。マイクロ波電源の効率を20%以上まで改善させることで、フライトモデル(FM)では、これを30W程度まで抑える見込みだ。
ガス供給ユニットの軽量化も課題だったが、70気圧のキセノンを機械式のレギュレータでいったん1気圧に減圧し、次に電磁バルブで0.3気圧まで下げる2段階調圧を採用。これにより、重たい高圧バルブが不要になった。タンクも重い部品の1つであるが、市販品の中から比較的軽いものを探して採用した。
また、低コストであることも重要だ。国の探査機のために開発されたμ10/IESと違い、MIPSがターゲットとするのは超小型衛星。「安かろう悪かろう」ではいけないが、ほどよい信頼性をほどよいコストで実現するというのが、「ほどよし衛星」の基本コンセプトだ。高価な宇宙用部品は極力抑え、MIPSはほとんどが民生品で作られている。
MIPSはコンポーネント販売を視野に入れ、汎用品として開発されている。NESTRAの会員企業であるオービタルエンジニアリングで受注を開始。販売価格は1500万円くらいとのことで、既に海外からの引き合いもあるという。
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