“一人メイカーズ”にはやりがいがあるが、壁にぶつかることもある。久川氏は、「技術的な壁を乗り越えていくのが楽しい」という。何か作りたいとなれば、まずはCADを勉強しないといけない、次は回路設計などと、乗り越えなければいけない課題がどんどん出てくる。ちなみに課題に乗り越え方にはコツがある。それは「自分がもう少し成長すれば越えられる壁」を設定していくことだそうだ。一方、一番苦しいことは「人とぶつかること」だという。人はロジカルに動くとは限らないが、ケンカするのではなくお互いに理解していくよう努めているということだ。
また久川氏はモノづくりのノウハウも紹介した。同氏は設計から梱包、販売までほぼ全てを自分で行っている。あまりコストはかけられないため、基本的に外注しない。まず基板は中国のサービスに発注すれば、3cm角のものを1枚1ドルで作ることができる。
部品を1個ずつはんだ付けしていくのは大変なため、自社内で表面実装を行う。まずクリームはんだを載せる場所に穴を空けた型紙を、電気配線CADデータを基にカッティングプロッタで作成。続いて型紙を基板の上に乗せてクリームはんだを手で塗り、その上に電子部品を置いて、調理用のホットプレートを使って融点まで加熱して実装する。このように、身の回りにある物を工夫すれば安価にさまざまなことができるという。
なおレーザーカッターや3Dプリンタは、渋谷の「FabCafe」や台場のコワーキングスペース「MONO」などで利用できるため、自分で持つ予定はないそうだ。販売のためのショッピングサイトは1年契約などで借りることができる。「独立しなくても、週末に製品製作をしてみてもよいのでは。幾つか製作して販売し、売りのめどが立てば独立を考えればよいと思う」と久川氏は述べた。
一人メーカーを始める時には試作や量産を依頼する町工場とのコネクションが気になるところだ。会場からも質問が出ていたが、そんな起業者と町工場をつなげる動きもある。
由紀精密は切削加工の詳細を紹介したWebページ「切削加工.net」を制作している。これは切削に詳しくない人にも切削の特徴や依頼時に必要な知識を分かりやすく紹介したサイトだ。以前から個人起業者の依頼でプロトタイプなどを作ったことがあったことから、幅広い人に利用してほしいという思いで作ったという。
「Maker Faire」などの展示イベントに参加するのもよい方法だと高須氏は言う。特にチームラボのようにソフトが専門である場合は、ハード専門の人とコンタクトが取れるよい機会になるだそうだ。
塩澤氏は、「こういう製品を作ってほしい」という個人と世界の製造業者をつなぐ「MFG.com」というWebサイトを紹介した。製品の企画がアップロードされると、世界中の登録企業が製造の見積もりを出す。「アメリカでアップロードされたデザインが中国で作られる」というように、グローバル規模での商談もある。英語サイトのため、今のところ、日本からの投稿や登録は少ないようだ。「日本企業や個人も活用してもらえば、よりよいコネクションが築けるのでは」(塩澤氏)とのことだ。
「受け(下請け)が基本の町工場は、どうすれば“攻めのモノづくり”ができるか」という質問も聴講者からあった。それに対して、由紀精密の上野氏は「由紀精密の売り上げの90%以上が請負だが、精密コマ関連の活動を見た人から問い合わせを受けて、受注につながることがある」と答えた。高須氏は、「“ある企業のため”に作った製品でも、他の企業もそれを必要としている可能性があるので、その応用製品の展開を考えたり、普段から自分自身が『欲しい』と思う物について考えたりしては」と述べた。
「設計データの保護」に関する質問も出た。何かの弾みで設計データが流出してしまった場合、権利が保障されたり閲覧を禁止したりすることはできるのかという質問だ。
設計のデジタルデータ化が進めば、この問題と向き合わざるを得ない。これに対して塩澤氏は個人的な見解だが、保護技術は進むものの、完全に守ることは難しいだろうと述べた。実際、「ネットワークにつなげない」「USBポートも使えないようにする」といった厳重な対策を取っている企業もあるようだ。
またデータにパスワードを掛けたり、1回だけ閲覧や印刷ができるなどの制約を掛ける技術も開発されている。だが一方で、製品が一度世に出てしまえば、分解して中を見たり3Dスキャナによって3次元データ化することも可能だ。現にそういった手法によって模造品が作られてしまう場合がある。こういったことから、塩澤氏は、製品が世に出た後のデータを守るよりは、新しいアイデアを磨いてオリジナリティを追求していくのが勝負のポイントになっていくだろうと述べた。
一方、久川氏が制作しているDNA増幅器もオープンソースのハードウェアを基に改良を加えた。またオープンソースの利用に限らなくても「全て自分が考えたもの」だということはあり得ないのではないかと久川氏は言う。「全て公開するべきというわけではないが、徐々にインターネットに流れていくものだと思う。個人がよりよいと思うものを作ることによって、1社提供の同じものを皆が使う時代から、各人が異なるものを作り、買う側も自分に合ったものを選んでいく時代に移り変わっていくという考え方もある」としている。
塩澤氏は、これからはいい面も悪い面もあるだろうが、今後はオープンソースとコミュニティーベースでモノづくりは動いていくだろうと述べた。「何でもできる必要はないのでそれぞれの得意分野を持ち寄りながら起業を実現してほしい」(塩澤氏)。
町工場にとっても、メイカーズが盛り上がっている中、貢献できればという思いがあるそうだ。上野氏は「将来、日本でメイカーズがブームになったのは、町工場とメイカーズの組み合わせが成功したからだと言われるようになりたい」とこれからの動きに期待を寄せた。今後のメイカーズや町工場の人たちの動きに注目したい。
加藤まどみ(かとう まどみ)
技術系ライター。出版社で製造業全般の取材・編集に携わったのちフリーとして活動。製造系CAD、CAE、CGツールの活用を中心に執筆する。
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