工具メーカー東鋼の売り上げのほとんどは、顧客の要望を受けて、加工現場ごとに最適化した特注品である。
鋳造、鍛造、溶接、研削、研磨――モノづくりをする上で、欠かせない加工技術がある。切ったり削ったりして、モノを設計図の形に近づけていく切削もそのうちの1つだ。モノづくりの現場に欠かせない技術として、日本の至るところで切削加工が活躍している。
東鋼は工作機械に取り付けるドリルやカッター、バイトなどを製作するメーカーだ。通常の工具ではうまく切削できない加工も可能にする、特殊な工具を開発・製造している。
例えば、F1に搭載されるエンジン、六角形の鉛筆、シイタケ栽培の原木に差し込むコマなど、さまざまなモノを手掛けてきた。最近では人工関節手術の際に人骨を削る術具も製作している。
「高精度な加工」「チタンのような硬い金属を削る加工」「力を加え過ぎると想定以上に削れてしまう木材や人骨などの切削」など、顧客から東鋼に寄せられる相談はさまざまだ。
「どんな回転数の工作機械を使えば」「どんな材質・形状の工具で切削すれば」不良を減らして加工できるようになるのか。東鋼は70年以上にわたって試行錯誤を続けてノウハウを蓄積し、応用していくことで、切削をめぐる課題を解決してきた。
その結果、同社売り上げの95%以上を「顧客要望を受けて、加工現場ごとに最適化した特注品」が占める。顧客からは「東鋼の工具がないと立ち行かない」「1億円もする工作機械を使っても、図面通りに加工できなかったが、東鋼の工具を使うようになったら図面通りに製造できるようになった」など、強固な信頼が寄せられているという。
東鋼がここ数年力を入れているのは、取引先企業の業種拡大だ。
「以前は、自動車の製造過程で使う工具の売り上げが会社全体の70%以上を占めていました。リーマンショックによる経済状況の変化を受け、特定の業種に依存する経営にリスクを感じるようになりました。当社の社会的使命は、『お客さまのモノづくりを手伝うこと』。自動車産業以外にも、モノづくりに取り組んでいる産業はたくさんあります。そこで異業種のメーカーにも使ってもらおうと考え、医療装置メーカーが集まる展示会などにも出展するようにして、当社の工具を売り込み始めたのです」(東鋼 代表取締役社長 寺島誠人氏。以下、同)。
そうした取り組みが実を結び、航空機メーカーや医療機器メーカーなどからの新たな受注を獲得。現在、自動車業界からの売上比率は全体の約40%に下がった。もちろん、自動車業界からの売り上げを“減らした”結果ではなく、異業種からの売り上げが“増えた”結果だ。
そして自分たちが持っている技術・技能を生かし、新たな可能性を開発・開拓する中で、最新の医療機器を研究する大学の研究室との共同研究にも携わるようになったという。
「山口大学の教授とは乳ガン手術に使う機器を開発していますし、東京大学工学部の研究室とは人工関節の手術に使う工具を開発しているところです。当社の持っているノウハウと、最先端の理論を組み合わせることで、これまで世の中に存在しなかった製品を生み出したいと思います。手術も、ある意味、“モノの形を変える”ことで、モノづくりと共通する部分があります。医工連携を図り、私たちの提供する技術が治療に役立てばよいと考えています」
最近は新興国の躍進が目立ち、日本のモノづくりの将来が危ぶまれているが、寺島社長は「『世界で日本が勝てる分野は何か』と考えると、やはりそれはモノづくりしかない」と指摘する。
「世界を見渡してみても、本当に“高品質なモノづくり”ができる国は日本くらいです。他にはドイツくらいでしょう。テレビにしても、高品質なモノづくりが差別化要因となった“ブラウン管の時代”は、日本メーカー強しといわれていました。高品質なモノづくりが必要とされる分野を見つけていくことが、世界で日本が勝っていくために必要なことだと思います。日本のモノづくりには、間違いなく魅力があります。当社がお客さまにとって世界一の工具を提供していくことで、その魅力をさらに強くしていきたい。いろいろな業界のモノづくりを支える力になれれば、そしてその結果、社会が豊かになればよいと考えています」。
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