図Dをご覧ください。
前述のとおり、開口部に接した内周部分の肉厚を3mmと厚くした、POSレジスタのモデルによる充填解析の結果です。樹脂の充填挙動がスムーズになり、開口部の左右にあったウェルドラインもずっと目立たなくなっています。会合角についても確認しましょう。「窓」左右にある樹脂の再合流個所に現れている会合角が、元のモデルに比べ明らかに大きくなっています(図D右)。まさに期待どおりの結果です。このように、設計段階で肉厚を検討し、樹脂流動解析で確認すれば、ウェルドのコントロールも十分可能です。もちろん「可能な限り肉厚差をなくした」部品形状とすべきことに変わりはありませんが、ウェルドラインのような問題が分かった時点で、これにアレンジが必要になることも多いのです。
ただしこうした対策の立案も、1つの問題にばかり注目していると、ほかの問題点を生みかねません。例えば、ここまで肉厚の変更による充填パターンへの影響やウェルドライン対策などを紹介してきましたが、この肉厚変更も、やり過ぎるとモデルに良くない影響が生まれます。図Eは、冷却ファンのカバー部分をモデル化したものです。そして図Eの下にあるのは、上のファンカバーのモデルを「A-A」の位置で切ってみた断面図。
当初モデルの肉厚は1.2mmでしたが、これを1.4mmに変更してみましょう。するとどのような変化が生まれるでしょう。ここでは流動解析ソフトの「体積収縮」を使います。樹脂には冷えて固まる過程で収縮する性質がありますが、この体積収縮は「どこにどれくらい縮みが発生するか」をシミュレーションするものです。
ご覧のとおり、肉厚2.2mmの初期形状のモデル(図F)のベース部分の体積収縮は2.6%、フランジ部分が2.7%とほとんど変わりません。
ところがフランジ部の肉厚を1.4mmに増やしたモデルでは、体積収縮も2.7%から3.6%となって明らかにより多く収縮。変位量が大きくなって識閾(しきい)値を超えており、いまや「そり変形」が問題になりかねない状態になっています。つまり、ウェルドライン解消のための肉厚変更がそり変形を生み出してしまう。そんな可能性も十分あります。樹脂の成形性にかかわる問題には多くの要因が絡み合い、しばしば「あちら立てればこちら立たず」になりがちです。それらをすべて加工現場任せにするのは、いろいろな意味で問題です。最上流にいる設計者が流動解析のようなツールを活用すれば、「あちらもこちらも立てられる」バランスの良い設計も可能なはず。そして、十分に成形性の検討を行った設計こそ、現場の多様な成形不具合を、金型技術者が「技」で押さえ込むことを可能にするのです(次回へ続く)。
執筆・構成:柳井 完司(やない かんじ)
1958年生まれ。コピーライター、ライター。建築・製造系のCAD、CG関連の記事を中心に執筆する(雑誌『建築知識』『My home+』(ともにエクスナレッジ社)など)。
監修・資料提供:オートデスク マーケティング 笹谷 一志(ささや かずし)
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