固定キャリパは「対向ピストンキャリパ」とも呼ばれ、作動は浮動キャリパのような特殊なものではありません。単純に両ブレーキパッドに対してキャリパピストンがそれぞれ用意されており、浮動キャリパでは実現できない確実な制動力を発生させることができます。
一般的な固定キャリパは、対称な形状に作られた2つのパーツをモナカのように貼り合わせて製造される(2ピース構造)ので、レースのような極限の環境下では剛性が不足することで破損に至ることがあります。そこで非常に高額にはなりますが、1つの材料から削り出して製作された1ピース構造の「モノブロックキャリパ」というものが非常に限られた場面でのみ採用されています。
次にキャリパピストンの自動調整機構について説明します。
キャリパピストンは油圧によって押し出されるということは、ここまでで何となくお分かりいただいたと思いますが、押し出された後はどのようにして戻るのでしょうか? 数多くの自動車部品の中で、「元に戻す」という機構の大半がスプリング(バネ)で行われています。それもそのはず、「伸縮する」という基本的な構造ですので特別な工夫を施すことなく活用できます。しかしキャリパピストンを戻す機構はスプリングを使用していません。フタを開けてみれば、構造は非常に単純であり、身近な素材を活用しています。
その機構を構成しているのは、「ピストンシール」という普通の円形のゴムです。もちろんブレーキフルードに侵されない耐油性などの基本性能を備えたゴムです(写真5)。
ピストンシールはキャリパピストンが収まっているキャリパシリンダ内の溝に設けられ、キャリパピストンの全周にわたって密着しています。ただしキャリパシリンダ内へのゴミの進入を防ぐため、キャリパピストン先端の外周部はダストブーツが取り付けられており、普段はピストンシールを見ることはできません(写真6)。
それではピストンシールの自動調整機構を説明します。図1はまだ油圧がキャリパピストンに掛かっていない状態です。単純にキャリパピストンにピストンシールが密着している状態で、ブレーキフルードが漏れず、外気に触れさせないようにしています。
図2は油圧が掛かった状態(ブレーキを踏み込んだ状態)です。
ブレーキパッドとブレーキディスクとの隙間(1mm以下)分だけピストンが押し出され、その分だけピストンシールはイラストのようにキャリパピストンに密着したまま変形します。
この状態から油圧を抜く(ブレーキペダルから足を離す)と、ゴムの弾性によってピストンシールは元に戻ろうとします。つまりピストンシールが変形した分だけキャリパピストンを元の位置に引き戻すことになり、ブレーキパッドとブレーキディスクとの間に一定の隙間が確保されます。
このときの隙間は「ピストンシールの変形分=非常に少ない隙間」であり、ブレーキパッドとブレーキディスクの間は、ブレーキを踏んでいなくても軽く触れている程度の隙間しかありません。
ピストンシールが変形(追従)可能な移動量を超える場合*は、キャリパピストンが必要な分だけピストンシールを滑って移動します。移動後、先ほどと同様にピストンシールの変形分だけ元に戻ることになり、ブレーキパッドとブレーキディスクとの間に一定の隙間が保たれることになるのです。
*レースなどで長時間にわたる急減速時や、ブレーキパッド交換時にキャリパピストンを人為的に押し戻していた場合など
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