「“Windows Embedded”組み込みセミナー(東京)」で披露された専修大学と東京高専の『組み込み教育』事例を紹介する。
2009年12月26日、マイクロソフトは組み込み技術者のためのセミナー「“Windows Embedded”組み込みセミナー 東京」を専修大学 神田キャンパスで開催。Windows 7ベースの「Windows Embedded」、最新の半導体動向、教育・技術、組み込みOSやソフトウェア品質に関するさまざまな課題について、各業界のエキスパートを招き、その解決策や最新の取り組みについて披露した。
なお、同社は昨年10月より日本各地(大阪、博多、仙台、広島、札幌)で同様のセミナーを実施、今回で6回目となる(注)。
本稿では、特に“教育”にフォーカスし、専修大学 ネットワーク情報学部 教授 飯田 周作氏の講演内容と、国立東京工業高等専門学校(以下、東京高専) 情報工学科 教授 松林 勝志氏の講演内容を中心にお届けする。
Windows Embedded 組み込みセミナー 東京で最初に登壇したのは、専修大学 ネットワーク情報学部 教授 飯田 周作氏。「産学協同演習 −大学教育と企業研修のシームレスな融合を目指して−」と題し、同学部での取り組みを紹介した。
――組み込み分野における競争力の維持・発展には、人材育成が欠かせない。専修大学 ネットワーク情報学部では、数年前から講義科目ではなく、演習科目として産学共同演習というスタイルの演習を実施しているという。
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講演の冒頭、「1970、80年代に起きたソフトウェア・クライシスではソフトウェアの需要が増大し、開発者不足が叫ばれ、大量採用、資格の量産などが行われた。これと同じような状況が組み込み分野でも起きており、最近“組み込みソフトウェア・クライシス”という言葉を目にするようになった」と、飯田氏は現在の組み込み業界をめぐる状況について語った。
当時は、どちらかというと質より量を重視し、エンジニア不足を大量雇用という形で補ってきた。その状況に「組み込み分野も陥りつつある」(飯田氏)と警鐘を鳴らす。
この“組み込み分野におけるソフトウェア・クライシスの再来”に対し、飯田氏は「当時の状況から、われわれが得た教訓とは何であろうか? 確かに組み込みエンジニアは不足している。しかし、どんなエンジニアでもよいというわけではない」と述べ、当時のように大量雇用し、後から育成すればよいという考えを否定した。
飯田氏の主張はこうだ。「エンジニアの“適性”や“意欲”が重要であり、適性や意欲がある者に対して、“適切な方法”で指導することが教育の大切な役割である」(飯田氏)。
ソフトウェアの開発力が製品を左右する現代の組み込みシステムにおいて、適性や意欲をきちんと把握し、適材適所で人材を育成・活用できれば、当然、開発効率や品質も上がるだろうし、継続的な競争力の維持・発展も可能だろう。しかし、「これら(適性・意欲)を把握するには時間とコストが大幅に掛かる。適性や意欲は、人と人との時間を掛けたコミュニケーションの中でしか把握できない」(飯田氏)というように、個人の適性・意欲を把握することは簡単なことではない。
どうしたら個人の適性・意欲を把握できるのか? ベテランのエンジニアであれば得意分野(=適性)といえるものを持っているだろう。しかし、これからの組み込みシステム開発を担う若手エンジニアや学生はどうであろう。おそらく、自分自身の適性というよりは、“興味・好奇心”の強さで就職先を決めてはいないだろうか(もちろん強い意志・目標を持って就職先を決めている方もいるだろうが)。いざ入社して「自分のやりたかったことと違う!」となっては、興味・好奇心で維持していた意欲も徐々になくなり……。と、あまり良い結果は生まれない。こうならないためにも、できるだけ学生のうちに自身の適性に気付き、それに基づいた興味分野に意欲を注ぐことが重要といえる。また、当然のことだが、企業側も適性のない学生を採用し、コストを掛けて育てることはしたくはないだろう。
では、“組み込みシステム教育”にフォーカスしたとき、大学と企業は何ができるのだろうか?
ご存じのとおり、組み込みシステムの世界は、知識・技術体系が広範にわたる“複合領域”であり、分野ごとに特化した体系も存在するため、「大学では基礎教育を、企業ではその分野に特化した専門知識・技術を教育するといったようにきれいに分けることは難しい」と飯田氏は指摘する。実際、「大学では、適性や意欲をうまく導く必要があるため、ある程度専門化・特化された世界を学生たちに知ってもらう必要がある。また、企業(複合的な領域では特に)でも基礎教育の必要性が増している」と組み込みシステム教育の課題を述べた。
この課題を解決するには大学だけの頑張り、もしくは企業努力だけではどうにもならない。前述のとおり、適性・意欲を把握したうえでの人材育成には、時間もコストも掛かる。解決のカギは、本講演のテーマにもある「大学教育と企業研修のシームレスな融合」にある。飯田氏は「組み込みシステム教育の課題を解決するためには、適性・意欲・方法、すべての領域において、産と学とがお互いにもっと接近して、“連続性”を高めたシームレスな教育を行う努力が必要である」と、産学協同演習の必要性を語る。
それでは、本講演で紹介された同学部で実施されている産学協同演習(2年次演習科目/3年次PBL科目)のカリキュラムを見ていこう(注)。
主に組み込みシステム開発やプログラミングに興味のある学生を対象に、産学協同演習を提供したという。連携企業4社(コア、富士通エレクトロニクス、オージス総研、アイアイジェイテクノロジー)の協力の下、週2コマ連続、8週間で実施(毎週2名の講師が企業から派遣)。大学側と企業側でスケジュールを作成し、必要に応じて教材を共同開発するなどの整備を行ったとのこと。本講演では、ラジコンを改造したロボット制御の事例が紹介された。
3年次のPBL科目では、情報処理学会 組込みシステム研究会主催の「組み込みシステムシンポジウム(ESS:Embedded Systems Symposium)」内のイベント「MDDロボットチャレンジ」への参加と、社団法人 組込みシステム技術協会(JASA)主催の「ETロボコン」への参加を行う。2年次の演習科目と同様、連携企業4社(キャッツ、富士通エレクトロニクス、富士通、日本アイ・ビー・エム)の協力の下、実際の製品開発に近い体験を学生たちに提供する。「マイコン制御の知識も必要になるのでハードルは高い」(飯田氏)。
同科目は、企業側から派遣されるメンターの管理の下、週1コマ、1年間を通じて実施される。同科目で興味深いのは、企業側の新人をチームメンバーに組み入れている点だ。飯田氏は「1年前まで学生だった新人エンジニアからすると、学生たちにみっともない姿を見せられないという意識もあり、非常に熱心に取り組んでくれる。また、メンターの人材も入社数年の若手エンジニアを抜擢することでプロジェクト管理スキルを効果的に学習できるというメリットがある。そして、学生から見ると、企業側のメンバーの姿勢や熱意が直接伝わり、通常の学習では得られない貴重な経験が得られる」と同科目の効果を語る。
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⇒ | 連載記事「3つの設計アプローチで見るETロボコン参戦記録」 |
以上、産学協同演習の事例を紹介したが、こうした取り組みは学生・企業・大学に次のような効果をもたらすという。
<演習効果:学生>
・一線で活躍する技術者と直に話ができる
・知識・技術と仕事を結び付けられる
・自分の適性や意欲を確認できる
・職種名や企業分類では知ることのできない、実際の仕事内容を把握できる
<演習効果:企業>
・学生の考え方を知ることができる
・大学で実際にどのような教育が行われているかを知ることができる
・技術者の熱意を学生に直接伝えることができる
<演習効果:大学>
・社会が求める人材像を知ることができる
・学生に満足度の高い教育プログラムを提供できる
この取り組みに必要なポイントについて、飯田氏は「産学間の信頼関係を強める必要がある。また、知識・技術を前提として、意欲や熱意を育てなければならない」と述べ、“産学ともにお互いの中身を見せ合う”ことの重要性を語った。
この産学のシームレスな連携が日本全体で当たり前のように行われ、適性・意欲のある人材の効果的な育成を継続的に行えれば、組み込み分野におけるソフトウェア・クライシスに対する最適な防衛策となるだろう。こうした地道な施策こそが、日本の製造業を再興させ、さらに競争力の維持・発展への原動力になると期待したい。
講演の最後、飯田氏は「グローバルに活躍できる人材が絶対に必要になる」と組み込み教育の未来について触れ、マイクロソフトが全世界の学生を対象にした技術コンテスト「Imagine Cup」への参加を表明した。「Green Islandというプロジェクト名で世界ナンバーワンを目指す!」(飯田氏)。
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