例えばリュックサックのひもを留めるのに使うこのパチッとくる部分「スナップフィット」の機構を設計するとしましょう。こういったものにCAEを使うとなると、どうなるでしょうか。
この場合、解析専任者は、「アセンブリ解析しよう」「接触するから接触解析だ」「強制変位が」……と考えていくでしょうね。ですから、「これはなかなか難しい解析になるぞ」「解析にも時間かかるぞ」となっていきます。
その一方、解析を依頼した設計者は、「パチンとはまるだけなんだけどもな」「壊れないようにしたいだけなんだよ」と考えているだけなんですね。
両者の間には、このような考え方の深いギャップが生じます。
さて、このようにかみ合わない両者の壁をどうやって取ってあげたらいいのでしょうか。両者の最小公倍数を取ってみると、以下のようになります。
ここで、ピストン設計の例を出してみます。これ、実際の話ですよ?
ピストンの直径は120mmで、頂点部から25mm変形していますという結果を表しています。材質はアルミニウムです。
「アルミのピストンが25mmもたわむわけないじゃん! その前に壊れるでしょ」
と普通に考えれば分かるはずなのに、本当にこんな結果の報告書を出してくる人が、過去にいたんですよ。
線形静解析は皆さんもご存じかと思います。ある一定の範囲でしか成り立たない解析ですね。線形静解析のソフトウェアでは、実際はここで壊れているはずなのに、それを超え、無限に解析し続けてしまうのです。ですから、直径120mmの金属製のピストンが25mmもたわむというのは、“線形静解析の結果”としては正しいのです。でも“結果の解釈”としては、誤りなのです。
もちろん、会社さんによって解析のレベルはさまざまで、皆さんがそうだといいたいのではありません。しかしこれもまた、私が現場で見た、まぎれもなく本当の話なんです。30cmの長さの棒なのに変形量が75cmとか、ワケの分からない結果を普通に出してきてしまったり。まあ最近のソフトウェアは気が利いていまして、そんなときは「それはおかしいでしょう」といってきてはくれますが……まあ、それだけでは根本的にカバーしきれないでしょうね。
ある一定の範囲でしか使えないソフトウェアというのは、世の中にはたくさんあります。一定の範囲外の部分をカバーするのが、非線形解析のソフトウェアです。ですが非線形のデータは、あくまで線形データがあったうえでくるものです。つまり線形解析が理解できていなければ、非線形解析をしても意味がありません。案外、これを分かっていない人が、多いように思います。
解析ソフトウェアを使っている人の中には、線形・非線形の考え方の基である弾性と塑(そ)性の区別すら知らない人もいます。操作教育だけだと、このようになってしまうのですね……。
壁につり下げた針金ハンガーの下辺を引っ張り、手を離す(荷重を除く)と戻るのが弾性。そこから元に戻らないのが、塑性。こうやって説明すれば、それらの現象が誰にでも簡単に分かってもらえます。それが、材料力学の本を読むと、これと同じことが書いてあるにもかかわらず、理解が難しくなってしまうのですよ。
そういうわけで、設計者CAEを使いこなすにも段階(フェイズレベル)があるんですね。こちらをご覧ください。
大抵のお客さまは、なぜかレベル4から入ってしまうんです。これはね、中学生がオリンピックに出るくらいのことなんですよ? やはり、学問からやらなければいけないのです。
どうしてお客さまたちがレベル4から入ってしまうのかといえば、
「せっかく投資をしたのだから、とにかく使わなければ損だ」
と考え、焦ってしまうからなんですね。
CAEの操作は、いまやとても簡単で、誰でも使えるようになりました。ただし、CAEの操作も本質的に、ピアノ演奏や自動車の運転と同じだといえます。ピアノは買っただけでは弾けないものだし、自動車に乗るにあたっては教習所に通いますね。解析もそれと同様で、ある程度のことを習っておかないと使いこなせないのですよ。
つまり解析をするにしても、踏むべきステップがあるというわけです。材料力学は、特に必要です。次に有限要素法も、徹底的に学ぶことが必要です。そして、解析手法を知ること。これらを踏まえてこそ、正しい解析が成り立つのです。
ですが、特に有限要素法は非常に難解で、挫折した人も多いのではないかと思います。
「そんな難しいことをどうやって習えばいいの? 時間もないのに……」
確かにこれは、なかなか難しい問題です。私も試行錯誤しながら20年ぐらい解析工房という解析教育をやっています。そちらではあくまで操作の自動化が本質的な解決ではないということをできるだけ楽しく、分かりやすく伝えるようにしてきました。それから、なるべく実際の業務のテーマ(携帯電話やパソコンなど)で、実際に使っている解析ツールで、解析がどれだけ合わないものかを実際に体験してもらいます。
テキストは穴埋め式になっていて、講師は参加者を当てまくります。「○○さん、ここに何が入りますか?」という具合にですね。実験ムービーもかなりの数を蓄積しているので、それらも見せながら講座を行います。
また構造的問題によって起きた大事故の例を取り上げたり、「大きな釣り鐘があります。ゆすってみるにはどうしたらいいですか」と身近な例に置き換えたりして、興味を持ってもらいやすくしながら、材料力学の初歩を楽しく教えています。
その際、たとえ数式は使わなくても、実業務で解析をしっかりと行えるレベルにまで成長してくれます。ちなみに、解析工房のプログラムも、MONOistで連載している記事も、かつての私が大学で材料力学の単位を落としたときに作ったノートが基になっています。
あなたの会社でも、やはりこの3点セットぐらいは用意してもらって、解析工房も参考にしてもらいつつ、解析教育をシステム化することに取り組んでみてくださるといいのではないかと思います。
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