競争優位とは、ROICを評価指標として、プレミア戦略か低コスト戦略かを決定し、価値連鎖の活動から生み出すものだ
経営学における競争戦略論の創始者であるハーバード・ビジネス・スクール教授、マイケル・E・ポーター氏の日本講演「グローバル市場におけるものづくり競争力」を全3回の連載でお届けする。(編集部)
マイケル・E・ポーター教授の講演録をお届けする本連載の第2回は、いよいよ競争戦略論の核心に入っていく(前回はこちら)。まず正しい戦略の目標が示された後、競争に勝つための2つの戦略が語られる。これはかつてポーターの3つの基本戦略として広く知られてきたもので、最近ポーター氏は2つの戦略という考えに変わっている。そして有名なコンセプトである価値連鎖を使った分析も披露される。また、いわゆる“カイゼン”は戦略ではないとするポーター氏の指摘は、日本のものづくりエンジニアにとって耳の痛いことだろう。それでは、ポーター氏の言葉に耳を傾けていただこう。
ポーター:正しい戦略を立てるに当たってまず最初になすべきことは、財務的な目標を正しく設定することです。これもまたアメリカでよく見られる間違いで、歴史的に日本の問題点でもあるのですが、もし正しい財務目標を持たなければ、良い戦略は望めません。では、ビジネスにおける正しい財務目標とは何でしょうか。
それは「ROIC(Return On Invested Capital:投下資本利益率)」を3〜5年のサイクルで評価したものです。場合によってはもっと長期間で評価する必要があります。ROICを1年といった短期ではなく、もっと長期的な視野で見ることが重要です。これがビジネスにおける正しい財務的な目標です。例外的に資本をそれほど必要としないケースもありますが、ここにご出席いただいている製造業の方はほとんど、ROICが正しい財務目標となるはずです。なぜならROICは経済的な価値を測る物差しだからです。資本をビジネスに投下して、十分な収益を得ることは、本来の経済的価値を生み出したことになるからです。
もし一定の利益が得られたとしても、同時に資本を失っているのであれば、それは満足すべき結果ではありません。ですから、単なる利益ではなくROICを評価指標にしなければなりません。
それでは、成長はどうなのでしょうか。成長は、ROICに次ぐ2番目の目標です。仮に業績が成長していたとしても、ROICが増加していなければ経済的な価値を生み出しているとはいえません。逆に、経済的な価値を壊しています。
企業の目標が利益でないとしたら、それは社員にとっても不幸なことになります。企業の利益が増えなければ、社員の賃金も増えないですからね。利益が増えてもいないのに成長しているだけではダメなのです。目標のナンバー1はROICです。成長はナンバー2です。優れたROICを獲得しつつ成長する、それも1年だけではなく3〜5年間それが継続するならば、それは本当の意味での成功といえるでしょう。本当に経済的価値を生み出したといえます。ですから、すべての企業で、ROICは第1位の目標です。これは戦略を理解するうえで大変重要なことです。
多くの企業は、成長を目標の第1位に、利益を第2位に定義するという間違いを犯します。問題なのは、成長するのはとても簡単だからです。利益のことを考慮しないとしたら、成長するのはとても簡単です。皆さんの会社を成長させる方法をお教えしましょうか。皆さんの隣席に座っている方を見てください。その方が経営されている会社を買収するのです。買収金額は考慮せずにです。これでめでたく、あなたの会社は成長できました。成長するもう1つの方法をお教えしましょう。あなたの会社の製品、どの製品でも構いませんが、価格を半分にしてください。会社が成長することは間違いありません。成長なんて、簡単なのです。
企業経営が困難なのは、十分な利益を上げることです。利益を上げつつ、成長することです。成長を目標にすると、たくさんの戦略上の間違いを犯します。ですから、目標を正しく設定することが、良い戦略を考える大切な出発点となります。そしてROICは正しい利益、正しい投資を測る非常に正確な指標として利用できます。正しい指標であるROICを使いましょう。間違った指標、不正確な指標を使うと、まずい戦略を選んでしまい、本来の経済的価値から切り離されてしまうでしょう。
経済的価値、経済的パフォーマンスに焦点を絞りましょう。株主価値はそこから生まれます。株価によって株主価値を測ろうとすると、それは経済的価値とは別のものになってしまいます。株主価値は経済的価値に関連していますが、短期的な株価の変動に密接に結び付いているわけではありません。
今日、多くの企業の株価は下落しています。しかしそれは、企業が創造して保有している本当の経済的価値を反映しているわけではありません。株式市況が悪化すると投資家の心理が冷え込んで、手持ちの株を売ろうとする保守的な傾向が生まれます。それは企業活動や業界の在りようとは関係ないのです。ですから、株価を企業の成功を測る指標にしてはいけないのです。長期的な株価は例外ですが。
成功したかどうかを測る指標として用いるのは、本来的な経済的価値をどれだけ作り出したかです。これは戦略にとって非常に重要な点です。私はあまりにも多くの企業が株価を上昇させるのに躍起になっているのを見てきました。彼らは、真の経済的価値を高めることはしません。株価を上昇させようとする経営者は、証券アナリストの意見を聞き、彼らがどんな記事を書くかを気にして、それに迎合しようとします。株価が首尾よく上昇すれば、そういった経営者は満足するでしょう。しかしそういった企業活動は、真の経済的価値を上昇させることは別のことかもしれないのです。ですから経営者は、経済活動の成果にとって何が真の目標なのかについて明確に理解しているべきです。そして、3〜5年にわたる良好な経済的成果は、必ずや株価に反映されるのだということを信じるべきです。株価を目標と考えてはいけません。
日本の企業はその点で、株価をあまり気にしない傾向にあるのは、とても良いことです。最近では少し変わって、株価を気にするようになってきたようですが。この株価の罠(わな)にはまらないようにしましょう。
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