ゴールドラット博士は、私たちは日常の仕事の中で、「お金を作ることから遠ざかる」行為を無意識のうちに行っていると主張しています。実はその元凶が個別原価計算という、製造業ならどこにでもある仕組みなのです。
「利益創出! TOCの基本を学ぶ」の第2回で解説した内容を下記に引用します。
簡単な例で考えてみましょう。例えば固定給10万円で人を雇って、販売価格2万円、材料費1万円の製品を生産するケースを想定します(図2)。生産量が月10個なら1個当たりの製造原価は2万円ですが、月20個生産すれば原価は1万5000円に下がります。従って、月20個生産すれば1個当たり 5000円の利益が残る計算となりますが、実際の需要が月10個しかなければ、手元の現金は10万円のマイナスになります。一方、売上高は10個作っても 20個作っても一定の20万円です。変動するのは材料費の仕入れ金額のみです。
これで利益計算をしてみるとどうなるでしょうか? 売り上げの20万円に対して、当月売上原価として計上されるのは、販売に対応した10個分の原価15万円のみで、計算すると5万円の利益が残ります。
皆さんは「おかしいじゃないか、残った10個はどうしたんだ」と思われるかもしれませんね。しかしこれが企業会計の原則で、残った10個分の製造原価はバランスシート(貸借対照表)に「資産」として計上されます。このため、売れないのに増産しても売上原価は増えません。それどころか、極端な場合、需要が増えず、売り上げも増えてないのに増産することで、利益を増やす粉飾決算の操作にも使えるのです。
この個別原価のパラダイムは実際の工場では部門別、工程別に実施されています。そうなると各部門は競って増産に走ります。これこそが一生懸命評価されようと頑張れば頑張るほど会社に損失を与えるという矛盾の元凶になっているのです。
売れない在庫を作ってコストダウン(個別原価の見かけ上の低下)を達成しても、キャッシュフローは逆に悪化し、会社に深刻なダメージを与えることになります。これに対してTOCでは、工場での生産活動の目的を「スループットを増大させ、在庫を削減させること」と主張します。
これら原価計算の仕組みから導き出される指標は、生産性、収益率、回収、予算達成度、目標原価など、企業によってさまざまに呼ばれていますが、実態は同じ「たくさん作れば安くなったように見える」という「誤った」パラダイムに基づいた評価指標です。いくら「造り過ぎや在庫はムダ」だと叫んでも、このパラダイムは「評価」と連動して企業の隅々まで根を張っています。
さらに大きな問題は、原価計算システムと連動した予算制度と業績評価の仕組みが、組織全体を通して、誤った意思決定を行わせ、機能障害的な行動を人々に取らせるように仕向けてしまうことです。
要するに、予算と結果評価の大本が原価計算の数字ということなのです。原価計算を基準にして策定される方針やガイドラインは、購買の在り方や内外作基準、原材料管理、仕掛かり管理、現場の作業員や設備の稼働計画、価格戦略やマーケティング戦略の展開、どのように従業員の評価を決定し報いるか、というように、企業内の多くの人々の行動に、日常的に影響を与えています。間違った評価尺度で適切な意思決定することは不可能なのです。
ではこの原価計算の誤りに陥らないために、どう考えればよいのでしょうか。実は会社の利益は、
売上高−掛かった費用(原材料費、人件費、経費、そのほかの固定費)
=残ったお金(利益)
という単純な式で表すのが最も適切です。なぜならば、この3つの指標は実際のお金の流れを表しているからです。では残ったお金(利益)を最大にしていくには、どのような活動が最も適切でしょうか? 企業の目的は「現在から将来にわたってお金をもうけ続けること」です。ならば、
という3つの活動が想定されます。TOCではこの順位を1のスループット増大が最も重要で、次が2の在庫・投資を低減すること、最後が3業務費用の低減であるとしているのです。この理由は、スループットを増大するということは売り上げ向上も含まれるため、理論的な限界がないのに対し、総投資や業務費用はゼロ以下にはできないからです。
また在庫・投資の低減が業務費用低減より重視されているのは、在庫が多いことは企業内に滞留するお金を増やし、経営効率(キャッシュフロー)を悪化させます。また在庫を減らすことは市場応答性を高め、顧客対応のフレキシビリティを増やすことにつながるからです。さらに多過ぎる在庫は、生産性や品質にも悪影響を与えることになります。
これに対して固定費を削減することは人件費削減(=レイオフ)につながり、企業の活力をそぐことになる(将来の利益を減らす)ため注意が必要なのです。
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