レースエンジンなどでは、金属ではなくセラミック製のバルブが存在します(写真5)。エンジンの負荷軽減による効率化はもちろんですが、超高速回転に必要となる“慣性力の軽減”に大きく貢献しているのです。
さらに熱膨張によるさまざまな懸念事項も大幅に解消されますので、折れやすいという部分さえクリアできれば理想的な素材といえますね。以前、本連載でもコンロッドなどの材料にチタンが採用されていることを説明しましたが、もちろんチタン製のバルブも存在しています。
バルブを語る上で、やはり省くことができない項目が「バルブクリアランス」でしょう。バルブはピストン同様に直接燃焼ガスにさらされることで非常に高温になる部品です。金属でできている以上は、熱膨張による形状変化を見越しておくことが非常に重要です。バルブはカムシャフトによって開閉されますが、行程によっては完全に閉じていることも求められます。
完全に閉じるためには、カムシャフト(場合によっては「ロッカーアーム」)に全く押されていないこと、つまり全く触れていないことが必要となるのですが、熱膨張によってバルブの全長が伸びてしまうことでカムシャフトに触れてしまう可能性があります。
冷機時、つまり設計図上のサイズでは全く触れていなかったバルブでも、暖機後に膨張することでカムシャフトと接触してしまうことが起こってしまうのです。そこで、カムプロフィールの一番低い位置(バルブを押さない位置)とバルブとのクリアランスを熱膨張分を見越してあらかじめ設定しておくことが必要です。これを一般的に「バルブクリアランス」といいます(構造によっては「タペットクリアランス」ともいいます)。
このバルブクリアランスですが、広過ぎてしまうとカムシャフトとバルブとの接触開始点が遅くなってしまってバルブを開くタイミングが遅くなります。もちろんバルブを閉じるタイミングが速くなってしまうことにもなります。それと同時にバルブリフト量が少なくなってしまい、エンジン性能低下の原因となります。
さらに高速回転しているカムシャフトと衝突するような形でバルブとの接触を開始するため、「カチカチ……」というエンジン異音の原因にもなります。冷機時にカチカチ音がうるさく、暖機後に音が消えるようであれば、高確率で“バルブクリアランスが広過ぎる”ことが原因です。
逆にバルブクリアランスが狭過ぎると、冷機時は良くても暖機後にカムシャフトとバルブとが常に接触していることになり、バルブが完全に閉じていなければいけない行程でもほんの少しバルブが開いているという致命的な状態になってしまいます。このような状況になると混合気の圧縮力が抜けてしまってパワーダウンしてしまいます。
バルブクリアランスはエンジン性能に大きく影響するので、必要に応じて人為的にバルブクリアランスを調整するという作業を行います。調整は「シックネスゲージ」という精密に隙間を測定する冶具を用いて1/100mm単位で行います(写真6)。
エンジン性能という観点だと、バルブクリアランスはゼロであることが理想的です。カムプロフィール通りにバルブが開閉するので、カムシャフトが不必要にバルブを押してしまうこともありません。もちろん異音も皆無でしょう。
そこで常にバルブクリアランスをゼロに保つために開発されたのが「ラッシュアジャスタ」と呼ばれる部品です(構造によっては「オイルタペット」)。油圧を使って常に一定の力でバルブとカムシャフトとを接触させておく部品で、面倒なバルブクリアランスの設定も定期的な調整も必要ありません。ただしエンジンオイルの劣化や長期的な使用によって不具合が発生することもあります。その場合、冷機時のカチカチ音やエンジン性能低下などが発生するため、交換が必要です。
最近はラッシュアジャスタを採用する車が非常に増えましたが、全ての車に採用されているわけではありません。コスト面の問題もそうですが、実は、それ以上に懸念されるデメリットがラッシュアジャスタにはあるのです。それは、高速回転中における追従性の問題です。高性能エンジンなどでは、9000rpmといった高回転まで回る場合があります。そこまで高回転に回っていると、ラッシュアジャスタがカムシャフトの動きに追従できずに、ただの抵抗となってしまうのです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.