笑うに笑えない話ですが、ある設計部を訪ねてみると、設計者全員が、デスクで黙々とパソコンに向かい、1日中、延々とタイプし続けていました。設計者の仕事のほとんどが、業務の調整作業のための“ワープロ打ち”でした。キーボードの音だけが聞こえる職場の実態です。本来、仕事を単純化し能率を上げるのがIT基盤です。なぜ、そのワープロ打ち(文書作成)をしなければならないのか、その本質を皆がすっかり見失っていませんか。
結果として、主業務の技術検討や設計実務は、深夜の残業時間や土日で処理するという実態です。何か本末転倒している気がしてなりません。IT基盤を活用する際の、利用者が感じているムダも拾い上げていく必要があります。
3次元CADを活用して、設計業務の劇的な短納期化に成功している企業を何社か訪問し、その秘訣を尋ねたことがあります。そこで出てきた答えは意外なものでした。まず、
業務に関する「現状と目標」を明らかにする
ことだといいます。現状と目標を明らかにするには、
標準化に尽きる
と。そして、標準化したテンプレートは、
毎週カイゼンする
ことだと。あまりにストレートにいわれたので、正直、拍子抜けしてしまいました。
しかし、それは人材育成に相当の力を入れていることが前提となります。人材の流動性が極めて低く、一度入社したら事実上の終身雇用となる制度の中で、設計者たちが手厚く雇用されている場合に通用することです。ほとんどの企業では、過去15年間、人材教育費を大幅に削減しました。ほとんど人に投資してきませんでした。いまの時代、好むと好まざるとに限らず、ITを活用してムダを取らないと、人力だけに頼った“カイゼン型のムダ取り”だけでは、短時間に大きな成果が得られません。
繰り返しになりますが、思い切って設計業務プロセスの変更を考えてみてください。これには、一担当者の思いだけでは、力不足な面があります。経営者の掲げているスローガンが、現場ではどう考えても達成できないという事実があれば、数値的根拠とともに上層部に示す必要があります。企業価値を上げるためには、現場のプロセス大変更とIT活用のベストな組み合わせによる、抜本的なリーン製品開発の必要性を訴える必要があります。もちろんリスクはあります。しかし、いま何もしないことによるリスクの方が、はるかに問題です。
リーン製品開発とは、コンピュータを使いながら、オンライン上で行うリアルタイムな設計データの情報活用術にほかなりません。その際に、使う側の設計者自身が、利用するメリットを感じなければ、また新しい管理ツールが増えるだけです。いやいや使わされている感はぬぐえません。実証済みで、本当に毎日が楽しく、それがないと仕事にならないと感じるシステムでなければなりません。
これは、一朝一夕にはいかないです。最低でも、全員に定着するまでに2〜3年はかかると思います。ですから、いまからこのダイエットに取り組む必要があります。特に、改革を推進する立場の方は、ムダ取りはエンドユーザーに楽しく実践してもらえるようなビジョンを持ってください。タフな役回りですが、もし皆さんが、ものづくりIT改革に関する設計現場のリーダー役であれば、ぜひ、その点をイメージしてください。
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さて、次回は、このような設計上のムダを発見するワークショップの様子と、そこから得られる典型的な、リーン製品開発システムの3パターンをご紹介します。
PTCジャパン株式会社 ビジネス開発推進室 ディレクター 後藤 智(ごとう さとし)
武蔵工業大学工学部卒。豪州ボンド大学大学院にて経営学修士(MBA)取得。CAD/CAM/CAEに関するアプリケーションエンジニア、PDM/PLMに関する業務コンサルタントやプロダクトマーケティングを歴任。現在は、製造業の製品開発プロセスに関する業務改革および情報化推進のビジネスアドバイザーを担当。
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