組み込み業界のいま “至るところにギャップあり”組み込み業界今昔モノがたり(4)(2/2 ページ)

» 2008年02月13日 00時00分 公開
[吉田育代,@IT MONOist]
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すべての原因はコミュニケーション不足にある

 「至るところにギャップがある」――連載第2回「モノ作りの意識が薄れつつある現状」では、この原因を『コミュニケーション能力の低下だ』と説明したが、「単純に“時間的な不足”もある」と中根さんは指摘する。

 トップと現場、マーケティング部門と現場が、自分たちの作りたいものは何なのか、時間を取って議論を尽くしていない。仕様が流れ作業的に決まってしまい、その中に潜んでいる矛盾をあえて取り上げようとしなくなっているのではないか?

 中根さんは、組み込み開発のコンサルタントとして企業や団体の会議に出席する機会が多いのだが、場が静かなことに驚くという。議題が取り上げられても、活発に意見を交わす風景がほとんど見られない。あらゆることが既定路線として進んでいくようなのだ。発言すると叩かれると思っているのかもしれない。それとも何となくあいまいなままに済ませてしまう日本人の気質のせいかもしれない。しかし、中根さんは強調する。「これを是としてはいけない」と。

 “こちら側とあちら側の間にはギャップがあるんだ”という認識を持たなければならない。“あ・うん”の呼吸なんてありえない。分かっていないんだから、話し合わなければいけないと考えるべきなのだ。

 私の経験では、話を理解する、分かり合うというのが難しい仕事であることは、日本人より欧米人の方がよく認識していると思う。彼らの間では、“話を理解してもらう努力は話し手がしなければならない”と考えている。だから彼らは、話の途中で「分かる?」「分かった?」と頻繁に聞く。ちゃんと伝えなければいけないという使命を感じているのだ。

 一方、日本人は“話を理解するのは聞き手の責任だ”と考えがちだ。話し手はこれぐらい相手が分かって当然だ、通じるはずだ、という意識で話をする。同じ人種が集まっている同質社会だからかもしれない。聞き手は、相手が分かって当然だと思っていることを知っている。聞き返すのは失礼だ、質問するのは能力のないことを証明するようで恥ずかしい、とどうしても思ってしまうのである。

 世間話ならそれでも構わないが、この認識のままビジネスの場に入ることは避けたいものだ。中根さんと話している中で、山本五十六の有名な言葉が口をついて出てきた。

 「やってみせ いって聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」。

フリー・アーキテクト 中根隆康氏

 この言葉に中根さんも「そう、それです!」と同意してくれた。“話し手が理解してもらうことに本気にならなければ、話などそう簡単に伝わるわけがない”のである。その真剣な気持ちの応酬こそが議論であるべきなのだ。

 面と向かったリアルなコミュニケーションでさえこうなのだから、電子メールなどツールを使ったコミュニケーションが通り一遍のやり方でうまくいくわけがない。電子メールは便利である。物理的距離や時間を越えて、相手に意志や情報を伝達することができる。向こうも同じことを返せる。しかし、確かに相手が読んだ、理解したという確証は得にくい。

 皆さん、どうだろう、自分に「Cc」で届いたメールを真剣に読むだろうか? 発信者とあて先に指定されている人間との話の間に割って入るだろうか? 中根さんにこういわれて、私もはっとした。確かにそうだ。簡単にやりとりできるから、コミュニケーションは十分だとつい思ってしまう。しかし、そこに落とし穴がある。ここでも“分かっていない”ギャップがある、という基本認識に立って何らかのフォローを入れる必要があるのだ。



 このように、“時間を割いていないことによる”“議論を尽くしていないことによる”コミュニケーション不足は深刻だ。

 しかし、一体どうしてこんなにも時間が足りないのだろう。

 次回は、この問題の根本原因について考えてみたい。もしかすると日本の組み込み業界、そのスタンスに大きく水をさすことになるかもしれないが、中根さんには確固たる意見がある。あえて提起してみることにしよう。(次回に続く)


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