TOCの考え方はゴールドラット博士がイスラエルで物理学の研究をしていた1970年代後半、工場を経営していた博士の友人が工場のスケジューリングの相談を持ち掛けたところから始まります。博士はこの問題に、物理学をベースにした彼独特の発想を入れることで、その問題を効果的に解決することができたのです。ゴールドラット博士はそれ以来、生産の問題に強い興味を持つようになり、まったく新しいスケジューリングの手法を編み出したのです。その後、博士はその考え方を基にしたソフトウェアを開発し、販売を始めます。
OPT(オプト)と名付けられたこのソフトウェアを導入したユーザーから、売り上げ増大、仕掛かり在庫の大幅減少といった報告が相次ぎ、OPTは一躍注目を集め、大手企業を中心に順調に売れました。しかし、博士がOPTのアルゴリズムを企業秘密として一切公開しなかったため、OPTには常に神秘的なベールに包まれたままでした。このため当時の研究者たちはOPTを正式な生産管理の考え方と認めず、無視しようとする傾向が強かったのです。
その後、ゴールドラット博士はOPTをもっと幅広く販売するために、OPTの背後にある考え方を小説『ザ・ゴール』として出版しました。周囲の予想を裏切ってこの本は大ベストセラーとなり、今日までに全世界で450万部(日本語版は約90万部)も売れました。
『ザ・ゴール』がベストセラーになると同時に、博士には「小説を読んでそのとおりに実行したら劇的な効果が出た」という報告が相次ぎます。しかしこのことはOPTの背後にある考え方が、OPTの導入以上に重要なのだということをゴールドラット博士に気付かせることになったのでした。20ドル(正確には19.95ドル)の小説を読んでそのとおりに実行することが、40万ドルのソフトウェアを導入するよりも効果があるということが博士にはショックだったのです。また同時に、OPTを導入した工場での後退現象を目の当たりにします。つまり、当初の劇的な効果が徐々に後退していたのです。この後退現象は、ソフトウェアを導入することが目的となった結果引き起こされたのでした。
ソフトウェア導入がどんなに困難が多く大変な作業だとしても、それ自体は単なる手段です。しかしソフトウェアが導入されると、ソフトウェアさえ動いていれば人間は考える必要がないと錯覚しがちになります。
すべての問題を解決できるコンピュータは存在しません。問題解決できるのは人間だけなのです。実際にOPTを導入して成果を上げた工場の後退現象は、OPT導入を行ったにもかかわらず、旧来の工場の評価指標などをそのまま使い続けたため、OPTを昔の生産計画の方法に合わせようと、逆にカスタマイズした結果引き起こされたものだったのです。
―― 企業の目的は何なのか?
コストダウン、品質向上、生産効率の向上や技術力向上など……、いろいろな目標が工場には設定されています。
―― それらの目標は何のために設定されているのか?
博士はこの質問に対して、
在庫で倉庫を満杯にするために生産しているのではない、売ることが目標だ
と主張します。そして、
売るということは、お金をもうけることではないか。そしてお金を作るためにする行為は生産的で、反対にお金を作ることから遠ざかる行為は非生産的なのではないか
と考えたのです。
博士はこのような着眼から、工場という狭い領域に活動を限定せず、TOCを常に拡張する考え方を提供し、永続的な改善を主張しています。つまり、永続的改善(On Going Improvement)を進めてゆけば、企業業績を向上させ続けるための制約条件は、究極的には人間の能力に帰着します。すなわち「人間に考えることの重要性を認識させる」ということにほかならないのです。人間の知恵にはお金が掛かりません。従って企業経営を進めるに当たって「知恵を出し続ける仕組み」をどうやって作り上げてゆくかが非常に重要なのです。
ゴールドラット博士は、「人材を生かし、育てる」と「内部的に自律的に変革を起こし進化し続ける」仕組みをTOCに与えていきました。それが「永続的改善ステップ」と「制約条件」の組み合わせなのです。
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